11. 廃棄王女、己が力を示す

 瞳の力を解放――


 すると、私の視界に入る全ての生物がその動きを止めました。


「お、黄金、の……瞳、だと」


 さすがと言うべきでしょうか。髭面の頭は辛うじて口を動かしました。が、それが限界だったようです。


「な、ん、だ……この、力は……」

「あなた達に知る必要はありません」


 お父様に行使してみせた威圧とは桁が違います。これは条件が揃えば、私の視界の範囲内にいる全てを金縛りにする強力な魔眼。あまりに強力過ぎて、敵味方関係なく私の視界内では活動できなくなってしまいますが。


「くっ、う、動、け……」

「無駄ですよ」


 殆ど身動きできずに必死にもがく男達に、私は冷たく言い放つ。勝敗は決しました。彼らの生殺与奪は私が握っています。


「『満天に輝く星々をべる者、華やかな夜の美しき女王……』」

「ば、馬鹿、な……こ、ん……あり、得……ない」


 私の口から呪文がつむがれていく。この状況に髭面の頭は信じられないといった表情をしています。


「『……全能なりし汝の名は月の女神セレナ……』」

「く、そ……」


 長い呪文詠唱を要する魔術は、総じて強力なものです。それを理解したのでしょう。刺客達が青くなっていきます。実際、私が行使しようとしているのは必中確殺の魔術。


「『……銀の馬車に乗り夜空をせ、優しき月光の矢で闇夜を貫く……』」

「や、やめ……ろ……」


 本来ならこんな場面で使用できる魔術ではありません。悠長に呪文を唱えているうちに殺されてしまいますから。ですが、私には敵の動きを封じる魔眼があります。


「『……乞い願うは我の前に立ち塞がりし……』」

「わ、分か、った、我、ら……退……」


 髭面の頭が命乞いを始めました。


 戦いの中で死ぬ覚悟はあったのでしょうが、まさか一方的に命を刈り取られる状況になるとは想像もつかなかったでしょう。


「『……愚かなる全ての敵を、汝の矢をもて打ち砕かん』」

「た、たの、む」


 泣きそうに懇願してきましたが、私は冷たい目を彼らへと向けました。


「ぶ、部下、だけ、でも……」


 部下を思う良い隊長さんのようです。英雄の物語なら彼の男気に免じて命を助けて、自分の配下とするところでしょうか?


「『月の光の銀矢ル・アミス・レーネ』」


 ですが、私は無慈悲なカザリアの魔女。英雄でもない私は容赦なく呪文を完成させる。途端に百以上もの光の矢が私の周囲に生まれました。


「言ったはずですよ。一人残らず助命はしないと」

「く、くっ、そぉぁぁ!」


 私はすっと右腕を挙げた。


「この力を見られたからには生かしておくわけにはいかないのです」


 その手を振り下ろせば無数の月光の矢が雨霰あめあられの如く数十人の男達に降り注ぐ。


 この光の雨は一本一本が必殺の矢。一度この魔術が完成すれば敵と認識した相手を術の有効範囲内ならどこまでも追尾していきます。


 欠点と言えば呪文の長さと短い射程くらい。まあ、そのせいで実戦では物の役に立たない魔術と考えられています。ですが、私の魔眼と併用すれば強力無比。アルト達のような万夫不当の勇者達でも回避は不可能なのですから。


「た、助け……がっ!?」

「い、命だ、げっ!」

「し、死にた、ぐあぁぁ!」


 ましてや、賊は私の魔眼で拘束されているのです。吸い込まれるように急所目掛けて月光の矢が突き刺さり、彼らは断末魔の叫びを上げて絶命していきました。


 ほんの僅かな間に、辺り一面が賊の死体で埋め尽くされてしまいました。死屍累々とはまさしくこの事ですね。


 しばらく私は無言で自分が作り上げた凄惨な現場を眺めました。いくら敵とはいえ、こんなにも多くの命を奪う。これは果たして許される行為なのでしょうか。


「メディア殿下、隠れていた敵の密偵を討伐いたしました」

「そう、ありがとう」


 佇む私の側へアルトが事後報告にやってきた。少し申し訳なさそうな顔をしています。


「生け捕りできれば良かったのですが」

「構いません。どうせ大した情報は得られないでしょうから」


 重要なのは私の能力を敵に知られないことです。それはアルトも重々承知しているでしょう。


「それに、知りたいことは彼らが語ってくれました」


 私が自分で築きあげた死体の山を視線で示すと、アルトも賊だったものを一瞥した。


「お見事にございます」

「……私は冷酷な女ですね」

「必要なことでございます」

「普通の令嬢ならこんな真似はしないでしょう?」

「メディア殿下の魔眼も魔術も強力無比ではあります。ですが、やはり殿下もか弱きご令嬢なのです」

「分かっています。この力も知られてしまえば対処は可能ですもの」


 どんなに強い力でも、対策とは取れるものです。今回、帝国の刺客を私は軽く一蹴したように見えるでしょう。ですがもし、彼らが私の魔眼と魔術の腕を知っていれば、しかばねを晒していたのは私達の方だったかもしれません。


 だからこそ、私の能力を見た彼らを一人残らず殺さねばならなかった。明確な敵対関係にある帝国に、私の力を知られるわけにはいかないのです。


「俺達にお任せいただきたかったです」

「ごめんなさい。別にあなた達の力を疑っていたわけではないの」


 アルト達なら問題なく退けられたと思っています。彼らに一任すれば私の力が露見する危険も無く、自分の手を血で汚す必要もなかったでしょう。


「ただ、こんな戦闘で誰一人欠けては欲しくなかったの」


 ですが、野盗に扮していましたが、先ほどの相手は帝国の屈強な兵。いくらアルト達が一騎当千の騎士でも、正規の軍人相手となれば被害が皆無とはいかなかったでしょう。


「それに、彼らから情報を引き出す必要もありましたから」

「彼らが帝国の手の者だったとよく分かりましね」


 アルトは感心したように唸る。


 彼らは野盗に扮しており、一見すれば正規兵とは分かりませんでした。恐らく野盗に襲われたように偽装して私を抹殺しようと企んだのでしょう。


「彼らが齎した情報はそれだけではないわ」

「あれだけの会話で他にも何か分かったのですか?」

「ええ、それに……」


 その時、私達が通った国境方面から物々しい足音が聞こえてきました。近づいている者の正体に予想がついています。


「また新しい情報がやって来ました」


 振り返った私の赤い瞳に映ったのは、推測通り国境に配備されていたロオカの守備隊でした。

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