9. 廃棄王女、賊に襲われる

 それはロオカの国境を越えて間もなく起きました。


 ――ヒヒーン!

 ――ガタンッ!


「きゃっ!?」


 急に止まったせいで馬車が大きく揺れました。その衝撃に可愛らしい悲鳴を上げたのは、愛らしい侍女のマリカの方。私はそんな可愛げのある女ではありませんから。


「何かしら?」


 俄かに外が騒がしくなってきましたが……どうやら、ただ事ではなさそうですね。


「何事です!」


 車窓からマリカが叱責を飛ばすと、すぐさまアルトが窓の前に守るように馬を寄せてきました。


「賊の襲撃です!」

「賊?」

「危険ですので馬車から出ないで下さい!」


 それだけ言い残すと、アルトが部下に指示を飛ばしました。


「山道とは言え、国境を越えてすぐに賊ですか」

「ロオカは治安が悪いとは聞き及んでおりましたが、こんな主要の大道にまで野盗が出るほど酷いのでしょうか?」


 ロオカは南方の小国郡の中では比較的大きく国力も決して低くはありません。ですが、治世はお世辞にも優れているとは言えないのです。


 王侯貴族は奢侈しゃしを好み、民草を顧みない者ばかり。貧富の差は大きくなる一方。そのせいで、野盗の類が横行していると聞きます。


「想像以上の荒廃ぶりなのかもしれないわね」

「ご安心下さい。アルト隊長達メディア様の騎士は、みな一騎当千の猛者ばかりですので」


 マリカが自信満々に胸を張りましたが、この言は誇張でも何でもありません。実際、この場について来てくれた彼らは、本来ならカザリアで重く用いられるべき豪傑ばかりです。ですが、隊長のアルトのように、事情があって閑職へと追いやられていました。


 そんな彼らに手を差し伸べていたら、いつの間にか私の私設騎士団のような形態になっていたのです。


破落戸ごろつきどもが何十人集まろうが物の数ではありませんよ」

「そうね……」


 通常、騎士一人に対し歩兵十人で、同等の戦力とされています。ましてや、アルト達は一人一人が魔術も使える百戦錬磨の精鋭。訓練されていない賊など、数百人いても余裕で蹴散らしてくれるでしょう。


「相手が野盗ならね」


 ですが、果たしてこんな場所で、ただの野盗が襲ってくるものでしょうか?


 まばらながら人の往来もあり、目撃者も少なくないでしょうに。


 国境も近いのですから、すぐに警備の兵も駆けつけてくるやもしれません。わざわざ賊が襲撃していますよと喧伝しているようなものです。


「気になるわね」


 エドガー卿の言葉もあり、私は引っ掛かりを覚えました。これは直接確かめた方が良いかもしれません。


「メディア様!?」

「マリカは馬車の中から動かないように」


 私がドアノブに手を掛けるとマリカが驚き声を上げたので、一度振り返って釘を刺しました。この娘は私の事になると、少し視野狭窄に陥るので注意が必要なのです。


「そんな!」

「絶対出てはダメッ!!」


 私が声を荒げて命令すると、マリカはくすんだ鉛色の瞳に涙を溜めていました。


 少し罪悪感に苛まれそうになりましたが、ここはきつく厳命しておかないと。この子は以前にも身を挺して私を庇って、大怪我を負ったことがありましたから。


 かちゃりと馬車の扉を開けると、敵味方全ての視線が私に集まりました。


 予想外の事態が起きると、人とは思考が止まってしまうものなのですね。まるで夜会へ赴く令嬢のように、私が平然と馬車を降りたものですから。皆がみな唖然として目が点になっています。


 強面の皆さんの何とも可愛らしい表情におかしみを感じ、私は思わずくすりと笑みを零しました。


「これはこれは大層なお出迎えね。カザリアより遠路はるばる来訪した甲斐があると言うもの」

「何なんだお前は!?」


 賊の頭と思しき髭面の男が、険しい顔で誰何すいかしてきました。男の口調にはカザリアともロオカとも違う、僅かな異国のなまりがありますね。


 ですが、私は気にも留めずゆっくり周囲をぐるりと見回しました。


 生きとし生けるもの全てに魔力はあり、私ほどの魔術師ともなれば視覚的にそれを捉えることができます。


 ですので、たとえ隠れようとも私の目は欺けません。どうやら一般人は逃げ去ったようですが、一人だけ木の影に隠れてこちらを伺っているようです。


「殿下、どうして馬車から出てこられたのです!」


 アルトと数騎の騎士が慌てて私の側へと馬を寄せ守りを固めました。


「不要です。全員さがって後背を固めてください」


 ありがたいことではありますが、私は右手を挙げてアルト達に命を下す。一瞬の躊躇ためらいの後、アルト達は大人しく私の指示に従い、前に出た私の背後に整然と並びました。


「アルト、一人あちらに賊の仲間が隠れているようです」

「……すぐに捕らえさせます」


 短い会話で私の意図を察してくれるアルトは、腕っぷしだけではない本当に優秀な騎士です。


「さて……」


 私は賊へ顔を向けると、さも困ったといったていで首を傾げて頬に手を当てました。


「あなた方は、いったい何処のどなた様かしら?」

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