4. 廃棄王女、恋人との悲しき別れ
「僕の婚約者にミルエラ殿下を?」
珍しくオスカー様は嫌そうな顔を隠そうともしません。
ふわりとした蜂蜜色の髪、澄んだ翠色の瞳、笑うと周囲に花が咲く。妹姫のミルエラは、そんな誰もが認める絶世の美少女です。しかも、国王たるお父様も溺愛している王女となれば、彼女を望む貴族子弟は少なくありません。
「冗談だろ?」
そんな誰もが羨むミルエラが相手と知っても、オスカー様は不快を露わにされています。まあ、それにも仕方のない理由があるのですが。
「我がマルセラン家は、外交が主な任務なのだ。友好国の言語や文化に
そうなのです。
ミルエラは自分の美しい容姿に
「陛下は正気なのか?」
その為、ミルエラは内面を磨く努力もせず教養は壊滅的。他国どころか自国の文化、風習、歴史さえも
彼女が外交の場に出れば、友好国と
「オスカー様もご存知でしょう。ミルエラの望みなら、お父様は叶えようとなさいます」
ですが、お父様はミルエラに対し、盲目的な愛を注いでおられます。
「陛下はマルセラン家の役割を軽んじておられるのか?」
「そうではないと思いますが……」
そう取られても不思議ではない暴挙ですね。
ミルエラをオスカー様に嫁がせる。それはマルセラン家の外交手腕を理解していないか、もしくは外交自体をどうでも良いと考えているとしか思えない行為に等しいのです。
「もし、ミルエラ殿下を強引に婚約者にしようとするなら、僕にも考えがある。その時は、彼女に最低でもシュラフトとストラキエの言語の習得と風習を学んでもらう条件を出す」
あの王女には不可能に決まっているがな、とオスカー様はミルエラを馬鹿にするように鼻で笑われました。
まあ、実際にミルエラには不可能な条件なのは間違いありません。美容と教養を履き違えているような子ですから。
「僕もカザリアの貴族、この国の為なら骨身は惜しまないつもりだ。それが国にとって必要とあらば否応はない」
マルセラン家は忠臣の一族です。
「だが、ミルエラ王女との婚姻は、決して国の為とはとても思えない」
このような馬鹿げた婚姻騒動で失ってよい臣下ではありません。
「どうか短慮は起こされませぬよう」
ですが、この国を去る身としては、そう申し上げる他はありませんでした。
「僕の方は大丈夫だ」
そんな私の忠告にオスカー様は首を横に振られました。
「父上とも相談しなければならないが、あのミルエラ王女を僕に嫁がせるなど了承するはずもない」
マルセラン侯爵家当主ノイル・マルセラン様は敏腕外交官。その政治手腕はかなりのものです。オスカー様が仰る通り、マルセラン侯爵がお父様の暴挙をすんなり許すとは思えません。
「それよりも僕は君の方が心配だ」
「私は……王女としての務めを果たすだけです」
私の手を取りオスカー様が向ける新緑の瞳が曇りました。
「メディアは本当にそれでいいのかい?」
「良い悪いの問題ではありません」
「僕は君が心配なんだ」
あっと思った時には、オスカー様が腕を再び私の腰に回されました。
「ロオカのギルス殿下にはあまり良くない噂がある」
「遊興に
ギルス殿下は政治よりも詩歌を好み、忠臣の言葉よりも美女との
「きっと、彼には君の本当の素晴らしさなど理解できまい」
「王侯貴族の婚姻に個人の好悪を差し挟むべきではありません」
「だが、それでも僕はそんな男に君を奪われたくないんだ!」
私とてオスカー様と添い遂げたい。離れたくない気持ちは今でも同じ。それに強がってはいますが、本当は私だって不安なのです。
「私がカザリアの王女である以上は、避けては通れない道なのです」
それでも私はカザリアの王女としての矜持を失いたくはありません。カザリアに住む民の為に身を
「本当に他に道はないのか?」
「方法は一つだけあります」
オスカー様が期待の顔をされました。ですが、それはマルセラン家に誇りを持つオスカー様が絶対に選ぶ事のない方法。
「オスカー様、全てを捨てて私と逃げてくださいますか?」
「全てを捨てる?」
「私は王女の立場を、オスカー様は貴族の地位を、お互い全てを捨てて国から逃げるのならば、私達は添い遂げる事が可能です」
「それは……」
だから、次に口にする言葉がオスカー様との決別を意味すると分かっていても、私は尋ねなくてはならなかったのです。
「オスカー様は私の為に、ご自分の持たれているもの全てを失う覚悟はございますか?」
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