3. 廃棄王女、元婚約者の訪問を受ける
王命を受けてからロオカへ出立する準備に追われる日々――
「メディア様、オスカー様が面会を求めておられます」
そのように忙しくしていた最中、元婚約者の来訪を侍女のマリカが告げました。
「オスカー様が?」
「いかが致しましょう?」
今のオスカー様はもう私の婚約者ではありません。言わば他人となってしまわれたオスカー様は、私にとって微妙な立場の方なのです。それに、本来であれば約束も無しに女性を訪ねるのは、あまり褒められた行為ではありません。
ですが、仲睦まじくしていた私達を知るマリカとしては、心情と規範のどちらを大切にするか迷っているのでしょう。
「訪問の目的は婚約解消の件でしょうね」
「恐らくは……」
オスカー様が面会を求める用事は、それ以外には考えられません。
まだ婚約解消から日も浅く、気持ちの整理がついておりません。はっきり申せば、私はオスカー様を吹っ切れていないのです。未練を残したままお会いすれば、きっと別れがより辛くなるでしょう。
とは言え、どんなに気が重くとも、逃げてばかりもいられないでしょう。
「……お通しして」
マリカは一礼して部屋を出て行くと、しばらくして彼女は一人の美青年を伴って戻ってきました。
輝く
「メディア!」
「ああ、オスカー様……いけません」
オスカー様は部屋へやって来るなり、挨拶の口上の間も無く私を強く抱き締めました。
「お離しください」
私は両手で彼の胸を押しのけると身を翻して背を向けました。
「もうオスカー様との婚約は解消されたのです」
「そんなの関係ない!」
オスカー様に背後から覆うようにぎゅっと抱き締められました。決別を決心したはずの私の心が揺れ動いてしまう。
背中に感じるオスカー様の体温――
私の腰に回された彼の力強い腕――
このまま身を委ねられたら……
そう思わずにはいられません。
ですが、私はメディアという名の一女性である前にカザリアの王女なのです。
「お願いですオスカー様。聞き分けてください」
「僕はメディアを愛しているんだ!……君は違うのかい?」
どうしてオスカー様は私を苦しめるような言葉をぶつけてくるのですか。
「私とて……私とてオスカー様を愛しております」
「だったらどうして!」
「王命なのです」
私は首を激しく横に振る。その拍子に悲しみと諦めとオスカー様への想いが雫となって流れ落ちた。
「私はカザリアの王女なのです。国の為この身を捧げるのが私の責務」
「それは分かる……分かるが……」
納得がいかない顔をされるオスカー様の気持ちも理解できます。この理不尽な王命には、私とて割り切れないのですから。
「陛下はどうして僕達を引き裂くような酷い仕打ちをなさるのか!」
「ご理解ください」
ですが、私もカザリア王家に生を受けた女なのです。
「私達は貴族です。その婚姻には国の未来が、幾万の民の命が掛かっています」
ましてや私は王女なのですから、その責任はより重いのです。
私の我が儘でカザリアの民達を苦しめるわけにはいきません。
「貴族の責務は理解できる。それは偽善ではなく貴族としての矜持であり、それを失えば我々貴族は死んだも同じだからね」
「でしたら私がロオカへ行かねばならない意味もお分かりでしょう」
「……ヴェルバイト帝国の脅威は、隣接していない我がカザリア王国にも伝わってきている」
さすがにオスカー様は外交を主とするマルセラン家の後継。やはり、国際情勢にも明るいようです。私がロオカへ嫁ぐ意味もすぐに理解なさったご様子。
「帝国に隣接していながら、自国の危機を理解できないロオカは本当に愚かな国だな」
もっとも、かなり苦い顔をなさっておられますが。
「帝国がロオカへ侵攻しないのは、単に優先順位が低いからだ」
「ストラキエが陥落すれば、海上輸送で優位となりシュラフトも降るのは時間の問題となりましょう」
難敵であるシュラフトを足止めしている間に、交通の要衝であるストラキエを先に攻略する。そうすればシュラフトを攻め滅ぼすのも容易でしょう。後は順次切り崩して、東方諸国すべてを制圧するのも時間の問題となります。
「そうなれば次は自分達の番だと言うのに」
「外からは一目瞭然でも、内からでは見えないものなのです」
それが透けて見える帝国の戦略は単純明快なもの。しかし、それだけに実効性が高く分かっていても阻止の難しい、とても厄介なものでもあるのです。
「だからこそ、私がロオカの王太子妃となる必要があるのです」
私の説明に、しかしオスカー様は納得せず顔を顰められました。
「だが、その役目はメディア、君である必要はないのではないか?」
「それは……」
やはり、オスカー様も私と同じ疑問に行き着いたようです。
「順番で考えるならロオカへはミルエラ王女が選ばれるはずだろう?」
「お父様がミルエラを溺愛しているのはご存知でしょう。ロオカのような遠方の国へあの子を嫁がせるとお思いですか?」
オスカー様は深いため息をつかれました。
「陛下は聡明なお方だが、ミルエラ王女が絡むとどうしてああも……」
その後の言葉はさすがに不敬と憚られたようです。オスカー様は次の言葉を飲み込み口を噤みました。
「だいたいメディアは僕の婚約者ではないか。結婚式の日取りだって決まっていたのに」
オスカー様が悔しがるのも無理はないでしょう。
私も間近に迫った結婚を指折り数えていたのです。この理不尽に私もやるせない気持ちを隠しきれません。
「国に尽くしている君を蔑ろにし過ぎじゃないか」
「お父様は私を嫌っておいでですし、それに私の立案は全てエドガー伯爵が考えた事になっておりますから……」
私の話に耳を傾けてくれるとは思えず、宰相のエドガー伯爵を通して今まで献策を行なってきました。
だから、私が政治に絡んでいるのを知っているのはエドガー伯爵以外には協力者である一部の方々だけなのです。
その中には当然お父様は含まれておりません。
「それとて陛下が君を異常に嫌悪しているのが原因だろうに……」
「仕方がありません」
これも運命なのでしょう。
「仕方ないで済ませられる事ではない」
「納得してはいただけませんか?」
「あまりにマルセラン家を愚弄していると、父上もお怒りになられているんだぞ」
オスカー様のお父上、現マルセラン侯爵家当主ノイル・マルセラン様も、私のお父様による不条理にご立腹されるのも無理はないでしょう。
「お父様は私の代わりに、ミルエラを婚約者としてマルセラン家に送り込むおつもりのようです」
それを聞いてオスカー様は顔を
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