2話 リリイベに行こう

2話 リリイベに行こう①

 お披露目イベントから一ヶ月が経った。その期間、浅舞静流の表立っての活動はなかった。俺の日課は彼女のボイスサンプルを一回は聞くことと、SNSに一日一回投稿される文章にコメントを残すことになっていた。

 そんな彼女が動いて喋る機会がやってきた。動画配信サイトでの生放送が今夜二十時に行われる。


 その情報が出たのは二週間前、週に一回のノー残業デーの日を生放送の日に設定し、定時で退勤し家で見ることとした。会社から家まで約二時間、乗り継ぎが上手くいけばもう少し早く帰ることができる。時間との勝負になるな。


 生放送当日、昼休みをろくに取らず、期日が後ろの仕事は全て後回しにし、急ぎの仕事だけを終わらせた。定時になったら、ダッシュで駅へ向かい、電車を乗りだ。普段はなるべく座れる電車、車両を探して乗っているがそんなこだわりはすべて無視した。

 家という遅延が少ないネット環境で、ゆっくり生放送を見ることだけを楽しみにした。混雑した電車内、座れない長距離の電車移動、苦痛なところはいくつもあったが、全ての状況に耐えた。


 家に帰り自室に駆け込み、パソコンを立ち上げる。この時点で生放送開始十分前、スーツを脱ぎ、諸々の準備をしてパソコンの前に座る。

 家族には状況を説明し、晩御飯を部屋で食べ、後片付けをしっかりすることも伝えた。この時点で開始三分前、配信画面のコメントも少し盛り上がってきていた。コメントとSNSを確認しているとあっという間に番組が開始された。


「みなさん、こんばんはー。今日はご覧いただきありがとうございます。『ブルーム』のリーダーやらせてもらっています、江戸川果南えどがわかなです。今日はよろしくお願いします!」

 まずはリーダーでキャリアの長い江戸川が挨拶をする。子供時代から役者として活動しているせいもあってか少し落ち着いていて、他の三人とは違ったオーラをまとっている。子役時代はテレビに出ていた時期もあったが、中学生くらいからは舞台に活動を移していったようだ。

 声優活動を始めたのは二年ほど前なので新人声優という枠組みに入るらしい。歳もメンバーの中でも一番若く、今年で二十歳になるらしい。


「はい。みなさんこんばんはー。市川沙羅です!今日は楽しんでいきましょう!」

 市川は元気に挨拶をする。花林が言っていたように動き一つ一つが視聴者を魅了する。今年で二十三歳とメンバー最年長になるらしいが、顔が幼く見えるせいか最年少と言われても違和感がない。


「あっ、次は私か。松島浅見まつしまあさみです。今日の放送は一時間くらいあるらしいです。お手洗いとか自由に行っていただいて構わないので、みなさんゆっくりしていってください」

 挨拶の順番を勘違いしていた松島は浅舞と同い年の二十二歳になる。声質は少し高め、聞けばすぐにわかってしまう声質だ。まだメイン級のキャラは演じていないが、モブでの出演が多くこの一ヶ月の間でも四回ほど出演情報を見た。この間のイベントでも思ったが、少し天然っぽいというか、どこか抜けているところがあるようだ。


「はい。浅舞静流です。こういう生放送は初めてなので緊張しています。みなさん楽しんでいってください」

 浅舞は声からもかなり緊張しているようだ。他の三人よりもスッと入ってくる声は個人的に好みだ。

 四人の席順は画面から見て左から浅舞、江戸川、市川、松島の順で並んでいる。この前のイベントもこの順番で並んでいた。進行は場慣れしている江戸川と市川の二人が回す。一ヶ月前のお披露目イベントを振返り、メンバー紹介を兼ねたクイズゲームを挟んだ。番組の終盤には新情報が江戸川から発表された。


「私達の1stシングルのリリースイベントの開催が決定しました。内容はトークとお渡し会となります。対象店舗で予約、もしくは購入した人に先着で参加権をお渡しします。対象店舗はこちらになります」


 フリップに書かれた会場は秋葉原、新宿、なんば、名古屋のアニメ関係のグッズを扱っている四店舗、各店舗で同日に二回開催し、四人全員が各イベントに参加するようだ。予約開始は今週の土曜日からだ。

「CDがリリースされてすぐのイベントになりますね。みなさんの感想を聞くのが今から楽しみです」


 笑顔でそう話す市川はやはり『わかっている』という気がする。

最後にこの番組は来月も放送されることが発表され番組が終わった。

 全体の感想としては推しの新規声を聴くことができたとか、かわいかったとかが主なものだが、問題はリリースイベントの参加券だ。行ける範囲として妥当なのは関東圏内にある秋葉原と新宿、それだけでいいだろう。

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