1話 オタクなんて辞めてやる⑤

 曲はアニソンのカバーで、それを四人がステージで歌って、踊る。全体的には歌も踊りもそこまで上手というわけではないと思う。基準がわからないので困る。

 事前にどんな人がユニットにいるかは調べてきた。一番動きが洗練されているのは子役をやっていた子、次に上手いのはまだアニメの出演が一、二本しかない子、その次は一々仕草に目が惹かれる市川、そして最近モブでの出演が多い子、という順番だ。一番下手な子は周りのダンスに付いていくのが必至なようだが、歌は上手いような気がした。

 そんな中で一番惹かれたのは二番目に上手い子浅舞静流あさまいしずるだ。彼女は他の3人に比べて実績が少なく、情報も少なかった子だ。宣材写真を見た時にも気になったが、ボイスサンプルを聞いた時にビビッときた。演技はまだ新人という雰囲気は出しながらも少し特徴的な声に少し惹かれてしまった。少し低めの透き通るような声、イヤホンで聞くとまるで自分の悪い部分が抜けていく感覚に陥った。はっきり言ってこんな人にまた出会うことになるとは思わなかった。

 俺は終始、浅舞を目で追っていた。歌詞を間違えたり、音を外したら心の中で「ガンバレ」と応援し、パフォーマンスが終わるたびに大きな歓声を挙げた。彼女のパフォーマンスを見る度に他のメンバーにはない何かを感じた。それが何かはわからない。言語化できない。ただ、それが彼女の良さに何か繋がっているとは思った。

 イベントは途中MCを挟んだ後、自己紹介を兼ねたミニゲームを行い、その後はまたアニソンのカバー曲を数曲歌った。知っている曲、知らない曲、どちらも同じくらい楽しんだ。イベントの最後ではユニット名が『ブルーム』ということが発表され、十月に放送されるアニメのオープニング曲を担当することが発表された。その後は最後に四人それぞれ挨拶をした。慣れてる人は慣れているが、慣れていない人はたどたどしい挨拶となった。


 イベントが終わり、会場の外に出るとさっきまでの光景が夢のように思えた。あそこまで自分が熱中していたのは何年振りだろうか。ここ数年、応援していた声優のライブにも参加した後も満足感はあったが、今までとは違った新しいものを摂取したことで満たされるものもあった。

「おつかれ。新しい推しを見つけられたようで」

 時間差で出てきた満足げな顔をした花林に話しかけられる。

「うるせえ。そういうお前の推しは?」

「私は市川ちゃんだよ。今日もかわいかったー。パフォーマンスはこれから上達していくだろうけど、魅せ方がわかってる感じがするね」

「そうかい。それにしても次のイベントはいつだろうな」

「さあね。CDを出すんだからリリースイベントはあるだろうし、その前にも配信番組とかやるんじゃないかな。ラジオとかにも出るだろうね。これからが楽しみだなー」

 あまり声優ユニットの情報を追ったことがないのでわからないのだが、花林が言うのならそうなのだろう。


 その後は花林と少し遅めの昼食を食べ、今回の感想を言い合った。あまりファン同士での交流をしてこなかった身としては、終わったばかりのイベントについて語り合うのは新鮮だった。今まではSNSで感想を書いたり、見たり、ラジオのトークで振り返るというのが当たり前だった。小さいころから親に知らない人についていってはいけない、会ってはいけないと教わり、それをずっと守ってきたせいもある。

感想を言い合う時間も楽しく、食べ終わったら即現で地解散となった。

 イベント中も、それが終わった後の時間も楽しかった。何年もオタクをやってきたが、この二日間は全く新しいことをした気分だった。

 浅舞静流、何年後かに俺はこの人のファンになっていたとは思う。それが早まっただけなのだと思うことにした。

 オタクを辞めようとしたけど、もう少しだけ続けてみようと思う。これからは新しい推しを応援していく。

 こんなことをしているからオタクを辞められないんだろうな。

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だからオタクはやめられない @kaerunohara

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