1話 オタクなんて辞めてやる③
会場を出て歩いて約五分、最寄りのファミリーレストランに入る。あまり期待してはいなかったが、久しぶりに会った幼馴染が合う場所としては丁度良い場所だ。
声をかけられて以降はお互い無言、席に着いてからようやく口を開いてくれた。
「いくら奢ったら親に今日ここで会ったこと黙っていてくれる?」
まずそこを気にするんだな。よほど今日のことを地域で話してほしくはないようだ。
「別に言う気はないけどさ。まあ、奢ってくれるうんならお腹一杯食べるより酒が飲みたいな」
「じゃあ店員さん呼ぶから食べたい物と飲みたいもの言って」
そう言い、彼女は店員さんを呼び、お互いに注文を伝えた。彼女もビールを頼んだのでどうやら一緒に飲む気らしい。彼女、
「それで、アンタは何が目当てだったの?作品?それとも声優?」
「声優だよ。ほらあの人―――」
目当ての声優さんの名を言う。そうすると表情が一変し、
「えっ、アンタ大丈夫!?たしかこの間結婚発表してたよね。もしかしてSNSで四枚スクショの長文お気持ち表明してたのアンタ!?」
「そんなことしてねえよ。というかそんなのあったのかよ!ただ、心の傷は癒えていないし、これが最後のイベント参加にするつもり」
話しているうちにビールが届き、とりあえず乾杯する。胸の内を直接話してすっきりしたせいなのか、それとも憂さ晴らしをしたいのか、ビールが心地よく喉を通っていく。
「それならさ、新しい『推し』を見つけてみない?」
「新しい推しを見つけるって、もう結婚していてショックを受ける必要のない女性声優とか?」
「いや、新人声優だよ。これからアニメに出てくるのが増える人とか、新しく作品でユニットを組んだりする人かな」
花林は淡々とした口調で話す。もしかしたら勧めたい人がいるかもしれない。
「あのなあ。そういう人達をまた推しても何年か経てば結婚して、同じようにショックを受けるだろ。もうこんな思いをするならアニメを観るのを止めようとも思ってるよ。新しい趣味を見つけるんだ」
言ってやった。もうあんな気持ちをするのは嫌なんだ。勢いがいいせいもあり中ジョッキも残り少なくなっていた。そろそろ二杯目も頼もうかとした時、
「ふーん、じゃああんた、アニメとか声優以外に興味あることあるの?」
少し冷めた声でそんなことを言われる。
「俺にだってあるよ興味のあること。例えば……例えば……」
―――何も出てこない。俺の頭の中を駆け巡らせたが何も出てこない。
思えば高校生で声優を追い始めてからの七年間、アニメ、ゲーム、漫画、ラジオ、イベント以外のものに触れてきていない。テレビだってアニメと特撮を観る時以外は付けないし、流行しているものなんてSNSで回ってくる投稿かラジオで知る。中学までやっていた野球も今はもう興味がないし、プロ野球選手の名前なんてほぼ憶えていない。会社の先輩から好きな女優を聞かれた時は特撮に出ていた女優の名前を言っている。趣味がアニメ、漫画なのは隠していない。最近は人気になったアニメの話が会社でも出てくるくらいなので、わりとメジャーな作品を観てますと言えば安牌なんだ。
というと、俺に他の趣味はないんじゃないだろうか。
「―――ごめん。俺には何もない。アニメとか声優とか、それ以外に興味があるものはないし、それ以外の知識で自慢できるものがない。俺には何もないんだ……」
涙が出そうになった。こんな何もない人間になってしまっていたのだ。今ならまだ引き返せるのか?二十四歳になるこの時期でもまだ間に合うのか?
「ならさ、とりあえず新しい推しを見つけるだけならいいんじゃない?ここに明日お披露目イベントを開催する声優ユニットのチケットがあるんだけど、一緒に来る予定だった人が熱出しちゃって、チケットが一枚余ってるんだよね。お金はいいからさ……」
「―――それなら行ってみるよ。今回だけだけどな」
今回のイベントで最後にしようと思っていたけど、明日で最後にする。そして自分のやりたいことを見つけるんだ―――
料理を食べながら簡単に明日の待ち合わせ場所と時間を決め、どんな声優ユニットなのかを聞いた。明日もあるので料理を食べたらすぐに解散した。
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