第36話

 気が付いたら桜のそばには弥生がずっといた



 桜にとって弥生は邪魔だった

 うるさかった

 臭かった

 暑苦しかった

 桜は何でも独り占めしたいのに弥生がいると半分になる


 なのに

 みんなが桜と弥生を一緒に並べて

 同じように扱いたがる

 弥生も桜にベタベタくっ付きたがる

 煩わしいっていう感覚を覚えるのは誰よりも早かった


 お揃いの服も嫌い

 同じポーズを取らされるのも嫌い


 幼稚園に入れられて桜と弥生は特別なんだって分かった

 みんなには同じ顔をしているきょうだいがいない

 それと

 みんなは桜と弥生を間違える

 桜が弥生の真似をするとみんな本当にどっちか分からなくなる

 弥生はバカだから桜の真似はできなかったけど


 弥生の振りをしてコップを落として割ったら

 弥生だけが怒られた

 面白かった


 その頃から弥生の振りをすれば怒られないでいたずらできるって分かった

 代わりに弥生が怒られればいい


 でも弥生が「弥生じゃない」「桜がやった」って言ってしまう

 だったら弥生に何も言わせなければいい

 なんなら「弥生がやった」と言わせればいい

 

 弥生を桜の言いなりにする

 

 可愛がって突き放す

 可愛がって突き放す突き放す

 可愛がって突き放す突き放す突き放す

 突き放す可愛がる突き放す突き放す可愛がる突き放す


 弥生がバカだから桜がやってあげてるんだよ

 弥生はバカだから桜の言うこと聞くんだよ

 これは弥生のためなんだよ

 弥生はバカだから何も言わない方がいいんだよ

 弥生はバカだから桜が何をしても何も言わないで

 弥生はバカだからもう考えない方がいいよ

 弥生のためなんだよ


 お父さんお母さん

 弥生が変なんだよ何も言わなくなっちゃった

 弥生がこんなことしちゃったよ

 でもそんなに怒らないであげて

 弥生がかわいそうだよ

 桜が弥生の面倒見るから大丈夫だよ

 桜が弥生の分までやればいいんだよ

 だから弥生をそっとしておいてあげて

 ほら弥生は桜の言うことなら聞いてくれるんだよ


 弥生はバカだから中学校行かなくていいよ

 家に引ききこもってればいいよ

 行きたいって

 だめだよ

 うるさい

 お母さんには弥生は行きたくないって言っておいたから

 

 桜が学校行きたくない時だけ弥生が桜になればいいんだよ

 ほら大丈夫

 桜は真面目な生徒だから弥生も大人しくしてれば大丈夫


 昨日バレそうになったって

 下手なことはしないで

 人前で喋るな

 あんたの話し方はバカっぽすぎるんだよ

 私に迷惑かけないで

 失敗したら分かってるよね


 ねえ

 自傷って知ってるよね


 泣くのやめて

 泣くな

 あああもう鬱陶しい

 皮膚を切っただけなんだらそんなに痛くないでしょ

 痛いの嫌なら言うこと聞けばいいんだから


 あんたがバカだから私が勉強してやってんじゃない

 勉強したいって

 無理無理無理あんたバカだもん


 何その目

 弥生のくせに逆らう気


 高校には行かせてやる

 あんた中卒で働こうとか考えてたでしょバカみたい

 その代わり時々代わってあげる

 勉強に飽きたらね

 

 あんたは遊び人になるの

 私が遊びたくなったらあんたは私の高校に行く

 これだけ派手な髪とメイクしてれば他人の目なんて誤魔化せるんだよ

 誰も弥生なんか見ない

 どうせ人は外側しか見てないんだし

 たまに中身が変わってもバレないって

 そうそうあんたの単位の課題はやってやるから卒業はできるでしょ


 こっちの高校には稲葉ってセーカク悪い友達作っておいたから

 ちょっと横柄で偉そうだけど扱いやすいヤツ

 私の高校に行くときはそいつにくっついてな

 うんうんって頷いときゃいいから

 私のこと親友って言ってるよ

 笑っちゃう

 稲葉はお勉強は弥生よりできるけどバカな子

 青島桜は稲葉にくっついている子

 そういうことにしとけばだーれも気付かない

 みんなバカなんだよ


 それの何が面白いって

 みんなバカだってことが分かるじゃん

 私の思い通りになってる


 ほらほら誰も気付かない

 ミスディレクション大成功

 

 あはは夜の街って面白いじゃん

 あんた街でも学校でもヤヨって呼ばれてるんだね

 私もヤヨって呼ぶわ

 その格好は人目を誤魔化すためだったけど

 あんたがバカだって見抜きにくくなるんだね


 ヤヨちゃんヤヨちゃんてみんなにもてはやされてんじゃない

 よかったね弥生のままだったら誰にも相手にされないもんね


 ヤヨ

 カズキって知ってるでしょ

 ヤヨにお金を使ってくれるのね

 もっと上手く付き合ってやりなよ


 カズキと一緒にアウトレット行くからヤヨが高校行っといて

 どれだけ買わせられるか見ものだし


 別に欲しい物があるわけじゃないよ

 人を振り回すのが楽しいのよ

 ヤヨには分かんないでしょうけど


 あんたに分かってもらえなくて結構

 あんたはバカだから分かるわけない


 ヤヨあんたカズキと寝てよ

 やらせろってうるさいんだけど

 私は嫌なの

 絶対下手だしビョーキ持ってそーだし

 不細工でキモいし

 どうだっていいじゃん

 あんたの体なんて


 ああもうしつこいなカズキ


 ……殺しちゃおうかな


 殺すのが嫌なら寝てきなよ

 あんたがそうやって思わせぶるから迷惑なんだよ


 どうやって殺そうか

 うるさいな

 怖いと嫌以外の言葉知らないの

 本当にバカじゃないの

 

 ヤヨ

 あの駐車場知ってるでしょ

 あそこの非常階段の2階にカズキ呼び出すから

 あんたは下にいてカズキの気を散らしてよ


 何するかって

 分かんないからヤヨはバカなんだよ



 ______



 ヤヨは私の言いなりの筈だったのに帰ってこない





「県警県民安全課の金谷といいます。ちょっと桜さんの話を聞かせていただけますか? 弥生さんではありません。桜さんです」





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