第31話
「青島弥生さん、あなたは、青島桜さんの関係者?」
ピンクの髪のウィッグを取ると、ヤヨは、ショートヘアの黒髪の女の子だった。化粧を落とした顔にはまだ幼さが残っている。私のロンTと短パンを履いて、少しはリラックスした様子のヤヨを居間のソファーに座らせると、ナツがその隣にどかっと座った。二人掛けのソファーはそれで一杯なので、私は、ダイニングから椅子を一脚持ってきて、それに腰掛けた。
私には、ヤヨと桜の外見上の違いが分からなかった。この髪の長さで黒縁の眼鏡を掛けて、あの高校の制服を着れば、このヤヨはすっかり桜になるだろう。
「ユカちゃん、桜って、もしかして、あの嫌味女の金魚の糞の中の一人?」
ナツは口が悪すぎるが、ナツの言うとおり、ナツに因縁を吹っ掛けたがる稲葉の取り巻きの一人が青島桜だ。記録には、進学校の英語部にいて、予備校でも勉強に勤しんでいると書いてあった。でも、今ここにいるのは、同じ顔をした青島弥生で、ナツと同じ単位制高校に在籍していて、夜の街でも遊んでいた子だ。
ヤヨはまた震え始めた。
何度も振動を繰り返していたヤヨのスマホは、ナツがうるさいと言ってタクシーの中で電源を落としたので、もう静かになっている。ヤヨは明らかにスマホも恐れていた。
私はもう一度ヤヨに尋ねた。
「青島桜と青島弥生は、同一人物? それとも別人?」
すーっとヤヨの口から息が漏れた。そして、もう1度深く息を吸った。
「……ふた……いち……、せ」
ほとんど吐息のような声がした。ナツは分からないと言うように顔を顰めたが、私には分かった。
「そう、一卵性の双子なのね」
ブルブルと震えて、ヤヨは自分で自分の肩を抱いた。震えを止めたかったのだろう。
隣に座るそんなヤヨを見ていたナツだったが、ヤヨの肩に手を伸ばして、自分の方にグッと抱き寄せて、横向きに寄り掛からせた。
「じゃ、このヤヨは、ヤヨだ。あたしの友達のヤヨだ」
バイトの後からずっとイライラしていたナツの表情がようやく緩んだ。
「てことは、あの、ムカつくヤヨが、サクラってことでしょ」
ナツがそう言うと、ヤヨはビクッと大きく震えるだけで、返事はしなかった。
桜は弥生の振りをして、単位制高校に現れていたのだ。その目的までは分からないが。そこから、もう一つの可能性を私は導き出して、ヤヨに尋ねた。
「もしかして、なんだけど、ヤヨちゃん。桜さんの振りして予備校に来てなかった?」
やはり、ヤヨは何も答えなかったが、沈黙は肯定だ。
ヤヨは肩を抱いていた片方の手を震わせながら、ナツの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「つまり、青島弥生と青島桜は、時々入れ替わっていた」
__________
ヤヨのスマホの電源が切られている。
どこに行って何をしてるのか。
今までこんなことなかった。
私には絶対に逆らえないはずなのに。
時折、稲葉から頭のおかしいメッセージが来る。あいつ、ちょっとクスリを渡したら、あっという間にハマってしまった。依存性高すぎない?
カズキの関係者だかが、公園やらコインロッカーあたりをうろうろしていてうざい。
クスリを売ったヤツの何人かが警察にパクられたらしいから、警察もうざい。
もう面倒臭くなってきた。
残りのクスリ、どっか適当に捨てて、もうゲーム辞めちゃおうかな。
「桜、弥生は帰ってきた?」
「まだだよ、お母さん。連絡取れないの」
「どうしたのかしら?」
「さぁ、夜遊びばかりしてるから、悪い友達とか彼氏とかできたんじゃない」
「あの子に彼氏?」
「かもねって、話」
「本当にそうだったら、また、教えてね。弥生は何も言わないから、桜だけが頼りなのよ」
「了解。じゃ、私、まだ勉強するから。おやすみ」
ドアの閉まる音がして、足音が遠ざかっていく。
「弥生は何も言わないから、だって」
笑える。
そりゃそうだ。私があの子に何も言うなって命令してあるんだから。
でも
弥生が帰ってこない。
こんなこと滅多にない。
いや、これまでなかった。
あの子はいつだってずっと、私の言いなりだった筈なのに。
ちっと舌打ちして、親指の爪に歯を当てた。
帰って来たら、どうしてやろうか。
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