第28話

 好きで入った高校じゃない。

 まともに中学校に通えなかったから、全日制の高校に入れなかった? そうじゃない、高校になんか行きたくなかった。なんとかして家から出たくて、中学校を卒業したら、遠くに行きたかった。でも、ヤヨが自分で中卒で住み込みで働けるところを見つけるより先に、入れる高校を見つけたから入りなさいと言われた。

 先回りされた。

 まただ。

 ヤヨのやりたいことはいつも潰されちゃう。


 駅裏の単位制高校は、金さえ払えば誰でも入れるって聞いた。だから、マジメに中学校に行ってなかったヤヨでも入れるんだって。

 入学したときは、なんで、高校なんか行くんだろって思ってた。

 でも、いつも通り何も言えなくて、従うしかなかった。しかも、こんな変な格好とメイクもしなくちゃならないなんて。すごく格好悪い。ピンク色の髪の毛なんてさ。


 ヤヨはバカだから


 ああ、そうだった。ヤヨはバカだから考えてはいけない。決められた通りにしていなければ。

 とりあえず教室に入って、とりあえず空いている席に座ろうと思った。

「隣、空いてる?」

 少しだけ背の高い女の子に聞いてみた。ギロリと睨まれた。怖いけど、その子の隣以外は一番前の真ん中しか空いてない。その子は何も言わず、顎を横に振った。空いてるって意味なんだろうな。


 その目付きの悪い子は、一人ぼっちを余り気にしてないみたいだった。


 入学して、ちょっと経って、ヤヨは、バカで派手だから、それに寄せられてくる子がいて、賑やかに話ができるようになったけれど、目付きの悪い子はいつも一人で勉強してるか本を読んでいる。

 でも、ヤヨがシャーペン忘れた時には黙って鉛筆貸してくれた。

 レポートの出し方が分からなくて困ってたら、言葉は少なかったけど教えてくれた。


「ねえ、髪さー、染めてみない? ブリーチでさー」

 そう言って話し掛けたら、「どうしたらいい?」って聞いてきたから教えてあげて、数日後、隣の席の目つきの悪いボッチの女の子は、金髪のナッちゃんになった。ずっと髪を染めてみたかったんだって、照れ臭そうに言った。


 それから少しして、ナッちゃんが、実は1歳年上だと教えてくれた。

 なんで遅れたのかは教えてくれなかった。最初の高校で失敗して中退して、この高校に入る子はザラにいるから、そんなもんかもしれない。


 でも、何か他にも秘密がありそうだと、ヤヨはずっと思ってる。


 ヤヨと同じだ。

 何か、苦しい秘密を抱えている。

 でも、それに負けてなさそうで、羨ましい。




 いつからだろう。

 ナッちゃんが、ヤヨを助けてくれると思うようになってしまったのは。

 



 __________

 

 


 今日は予備校シゴトが早上がりだったので、帰りはナツのバイト先の居酒屋まで足を伸ばすことにした。ナツはまだ未成年だからシフトに入れる時間は、21時30分までとなっている。いつもだったら、バイトが終わるとナツは先にうちに入り込んでいるけれど、今日は、私が迎えに行くことにしたのだ。我ながら健気ではないか。

 夜が来て、繁華街のメインの通り沿いの店がほとんど閉まると、一本裏の道の夜の店の灯りが目立つようになって、その途中途中でカラオケ店の客引き同士が喋りながらサボってる。裏道でこれから出勤らしいキャバの女の子たちをちらほらと見掛けると、前の職場で面倒を見ていた女の子たちを思い出す。どうしているだろうか。キャバ嬢でも何でも頑張って、世の中を生き抜いていってほしいと願ってしまう。


 自動販売機で、缶コーヒーを買って、歩きながら飲んだ。

 ブラックは酸っぱくてあんまり好きじゃない。施設のコーヒーサーバーのコーヒーもまずかったな、と思い出す。

 そうして、私は折に触れて施設のことを思い出していることに気付く。それは、多分、前の仕事への未練なんだろう。


 そうこうしていると、ナツがバイトをしている居酒屋に着いたので、スマホを取り出して、「店の外で待ってる」とメッセージを送っておく。 


 今、面倒見ていて、かつ最後の生徒はナツ。それでいい。私が決めたことだ。


 ゴミ箱に空き缶を放り込んだ時、道の反対側に、ピンクの髪の女の子がいることに気付いた。あれは、ナツと同じ高校の制服っぽい。ナツよりスカートの丈が短くて、化粧が決まっていて可愛いが、こんな時間に制服で街裏にいるのはどうかと思った。

 スマホを睨んだ顔がこわばっている。大丈夫かな、あれ。

 変な輩にナンパされなければいいけど。……逆に、ナンパ待ちだったりするのだろうか。


「ユカちゃん! 終わったよ、帰ろう」

 ナツの明るい声がして、私は顔を上げてナツを見た。仕事が終わってスッキリ、という表情だった。

 ところが、私がナツに近寄ろうとするより早く、さっきのピンクの髪の女の子がナツのそばに駆け寄っていた。


「ナッちゃん!!」



 

 


 

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