第27話
「金谷巡査長、土本の供述記録に出てきた『公園組』のリストできましたよ」
県民安全課の婦警、金谷直美は、近隣の若者たちに格安でばら撒かれた違法薬物の捜査に当たっていた。土本和樹すなわちカズキの供述から、カズキを階段から突き落として、カズキの持っていた違法薬物を盗んだ者がいることが分かっており、その犯人が違法薬物を売ったと推察されるが、その犯人が誰なのか分からない。カズキが出入りしていた歓楽街の隅にあった公園には、10代の子たちが何人も溜まっていて、カズキはそこに集まっていた少年たちにも違法薬物を回していた。その中の一人の少年が道端で殴られて倒れているところが発見され、病院の尿検査でやはり薬物が検出された。彼は、安く手に入った違法薬物を売っていたら知らない男に駐車場に連れ込まれて殴られたと供述した。しかし、誰から手に入れたのかは分からなかったし、彼が持っていたはずの肝心の薬物がなくなっていた。薬物使用で検挙できても、売買で検挙するには証拠不十分で、処罰はさほど重くはならないだろう。それに、ひどく怯えていて、報復を恐れて傷害事件の被害届は出さないらしい。カズキの事件との繋がりも分からず、ひどく中途半端な事件になりそうだった。
彼らの遊んでいた公園には、夜な夜な居場所のないティーンエイジャーが集まっていたが、カズキが大怪我をしてからは危険を感じたのか、集まりが悪くなっていた。金谷は、補導員の手を借りて、公園に集まっていた者たちをピックアップしたリストを手に入れて、関わりのありそうな者にしらみ潰しにあたろうとしていた。
そこには『
「この新居棗ってどんな子?」
金谷が補導員に尋ねた。
「見た目は派手だし、話し掛けてもガン無視する可愛くない子だけど、補導される時間の前にちゃんと帰るし、たまに持ち物検査するとテキストしか持ってなくて、タバコなんか全然出てこないのよね。更生施設を出てから、真面目と不真面目の間をふらふらしてる感じかな。まあ、あんまり薬使うタイプには見えないわね」
ベテラン補導員の言葉に金谷はホッとする。
「どっちかと言えば、新居と一緒にいるお友達の方がなんだか危うい感じがする」
「お友達?」
「うん、この子。それに、この子ってカズキを誘惑してたって他の女の子たちが言ってた」
補導員がリストの中から指さした名前、金谷はそれを読み上げた。
「青島弥生?」
__________
「ナッちゃん!」
グレーのコンタクトではなくて、ブルーのコンタクトのヤヨが何度も声を掛けるが、ナツはヤヨを無視した。腕を引っ張られたので、それも振り解いた。絶対に目を合わせようとしないナツに何度も話し掛けては冷たくあしらわれたヤヨは、ナツの机の横に棒立ちになった。
ナツには今日のヤヨが昨日のヤヨと違うのは分かっていた。ただ違うだけならまだしも、あんな
施設を出た後に、また失敗してしまう子は、それほど珍しくはないが、ナツがそうならないに越したことはない。
友達は大事。でも、悪いことに誘う友達は本当に大事な友達なのか、一回止まって考えなさい。
ナツだけではない。あの施設にいた女の子たちに、何回も何回も同じことを話した。その教えが染み付いているナツは、ヤヨから離れることを選んだ。しかし。
「昨日のヤヨが何したか、よく覚えてないけど、ごめんね、ごめんね、もうしないから」
覚えてない?
ナツは、ヤヨを振り返る。
ヤヨがナツに何かをしたと言うより、ナツがヤヨの机に思い切り踵落としをしたというのが本当のところで、昨日の今日で、あれを覚えていないということがあるだろうか?
ヤヨは、時々、別人のように変わってしまう。ナツはずっとそう思っていた。数ヶ月に1回のことだから、そんなに気にしてはいなかったけれど。
「あんた、昨日のヤヨじゃない」
ナツのその呟きに、ヤヨの動きがピッタリと止まる。
「今のヤヨはあたしの知ってるヤヨだけど」
ナツはゆっくりと手を上げ、人差し指をヤヨの胸の方に突き出して、ヤヨを指さす。
「昨日のヤヨ、あれは」
「誰?」
ナツの疑問にヤヨは何も答えない。固まっている。
ナツは拳を握った。
そして、反対の手でスマホを見て、バイトの時間を確認した。それ以上はヤヨに言うことはないというように、ナツは踵を返してアルバイト先の居酒屋に向かって、ガツガツと足音を立てて歩き出した。
「……ッちゃん……」
「ヤヨを」
「助けて」
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