第26話
「ヤヨ、あいつ何?」
「……あいつって?」
「なっ、ちゃ、ん」
ヤヨはビクンと震えて、目を見開いた。
「そんな子知らない」
「嘘つく気?」
ヤヨはぶるりと震え上がった。
「二度とあたしに話し掛けんな、だってさ。伝えたからね」
ヤヨが顔を上げた。
「なんで、なんで、ナッちゃんが、そんなこと言うの、何したの?!」
返事はなく、ヤヨもまた、それ以上は話せなくなった。
__________
「……ナツ、子泣き爺って知ってる?」
「知らない!!」
おっとジェネレーションギャップか? 有名な妖怪の村のアニメ見ていないのか?
ご褒美を決められないナツはずっと背中に引っ付いている。トイレにもついて来ようとしたので、それはなんとか辞めさせることができた。
邪魔で仕方がないが。
「ナツ、あんた、私が思ってたより、甘ったれ」
「そうだもん」
そう言うと、余計に引っ付いてくる。ソファにゆっくりと座りたいのにナツが背中側から私の腹に両手を回しているので、仕方なく横向きに座って、横目でテレビを見ていた。
そのうち、私のお腹に回されているナツの右手が拳を握り、その手首を左手が掴んだ。いつの間にか右拳には力が入っていて、右拳に骨が浮いていた。それを見て、ナツが落ち着かないでいることが分かる。
ご褒美がないだけで、こんなに不安になるだろうか。
「ユカちゃん、もう予備校には行かないし、試験も受けないからね」
どうやら予備校で帰りに稲葉に不正を疑われたことを思い出したらしいナツの拗ねた口調が頭の後ろから聞こえてきた。
まあ、そうなるだろうなあ。でも、勿体ない。今、ナツが通っている高校は、高校卒業資格を取得するための高校で、それなりの大学を受験するための勉強ができる高校とは言い難い。もちろん、大学受験を目指している生徒もいるから、今の高校が悪いとまでは言わないが。
「勉強、嫌になった?」
「勉強は嫌だけど、そんなに嫌じゃない。でも、あの女は嫌だ」
あの女というのは稲葉のことだろう。私もナツの立場だったら、そう思う。仕方がないところだ。
「じゃあ、とりあえず退校手続きしておくわ」
私がそう言うと静かになる。
ナツの右拳が開いた。予備校に行かなくていいと言われて安心したのだろうか。
「ユカちゃんに予備校通えって説得されるかと思ってたのに」
なぜか、ナツの口調は不満めいている。
「何それ、辞めたいの、辞めたくないの?」
「辞めたい、辞めたいけど、ユカちゃんと言い合いしてみたかった」
ぷっと笑ってしまった。
「大学には行かせたいと思ってるけど、あの予備校で勉強させたいわけじゃないよ」
そう言うと、ナツはまた私の背中に額をぐりぐりと押し付けてくる。
「大学とかどうでもいいから、あたしは、ユカちゃんと一緒にいたい」
しょうがない甘ったれだ。
いや、私が甘ったれを育ててるのか。おかしいな、こういう子になるように指導した覚えはないんだけど。
「施設にいた頃は、こんなに甘えないでちゃんとしっかりしてたのに」
「……だって、ユカちゃん怖かったもん」
「ええ? 優しい先生だったじゃん」
「浜岡ーっ!手を抜くなーっ!! って、何回も怒鳴ってたじゃん。甘えたくたって甘えられるわけないじゃん」
施設にいた頃の少し幼なかったナツを思い出した。上目遣いで睨むような仏頂面ばかりしていた。それに、私は大きな声を出そうとしていただけで、怒鳴ってたつもりはないんだけど。
「そう言えば、高校の友達と仲直りできたの?」
「……ヤヨ?」
ナツはまた拳を握る。
「もう、いい」
「そんなこと、言わないで、友達も作りなよ」
「ユカちゃんがいればいいもん」
ナツには同じくらいの年の友達が必要だと思う。
高校でもそんなに友達はいないらしいし、夜遊びの不良仲間とは上手に距離を取っている。でも、同じくらいの年の気の置けない友達、そういう存在はこの子を成長させる筈だ。
とはいうものの、強要するのは間違っている。
「……ごめんね、どうしてもナツにあれもしてほしい、これもしてほしい、って、今だに先生であろうとしちゃうね」
ナツはそれに答えず、後ろから私の首に顔を埋めた。
お腹の上にあるナツの両手に私の両手を乗せて、指と指を絡める。ナツの唇が首筋を辿っていくのを感じた。
「ユカちゃんは、あたしだけのセンセーなんだから、言うのはいいんだよ」
「生徒は先生に、こんなこと、しない」
「あたしは、する」
ほんと、私はナツをとんでもない甘えん坊に育ててしまっているらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます