第24話

「ユカちゃん、これ、いい点なの?」

 数字が並んだ薄い紙をペラペラさせながらナツが私に尋ねた。


 なんとまあ、そこそこいい点だった。

 このままちゃんと受験勉強すれば、それなりの大学に入れそうだ。


「まあ、良く頑張った」

「ご褒美出る?」

 ナツがニカーっと歯を見せて笑った。


「……ご褒美は何がいいの?」

手を伸ばして、指の関節部分でナツの頬に触れると、ナツは、んーっと唸りながら、少しだけ考えた。


「結婚して」


「私が?誰と?」


 ナツが自分を一生懸命指差した。その仕草はちょっと可愛いいが、何を言ってるんだか、とも思う。

「大学卒業したらね」

 みるみるナツが膨れた。 

「じゃご褒美は?!何でもいいんじゃないの?」

「何でもいいなんて言ってない。他のを考えて」

「ユカちゃんずるいっ」


 そんなくだらない話をしながら、予備校から帰ろうとするナツを見送ろうと外に出た。

「今日は、家に帰る? うちにくる?」

 耳元に顔を寄せて囁いた。

「ご褒美だ!」

 何がご褒美だと思いながら、私はナツの後頭部をポンと叩いた。


 自動ドアを出ると、そこには、以前ナツに因縁を付けた稲葉とその取り巻きがいた。取り巻きは男子が一人減っている。模擬試験の時に倒れてしまった男子がいない。彼は、予備校を辞めてしまったので、その後、どうなったのか分からない。こんなところで模擬試験の結果を見せ合っていたらしい。仲が良いのも考えものだと思う。

 稲葉が不機嫌に輪を掛けたような嫌な表情でナツを見た。その後ろの3人は稲葉の顔色を窺うようにしながら、やはりナツを見た。ナツの手には、模擬試験の結果があって、汚いものでも持つようにペラペラと振っている。リュックに仕舞わせれば良かったと少し後悔したが、既に遅く、稲葉の目はその紙をじろっと見た。


 少し気になっていたから、実は、稲葉とその取り巻きの試験結果を調べていた。

 最近、調子を落としている稲葉の結果が、このグループの中では最も悪く、まずいことに、僅差ながら、ナツの方が合計点では上だった。ナツが賢いのか、稲葉の能力が限界なのか、分からないけれど、この状況は余り良くない。


「早く帰りなさい」


 とりあえず、先生っぽいことを言って場を納めようとしてみた。

 しかし、その言葉に従ったのはナツだけで、ナツはスタスタと入り口前の階段を降りていき、必然的に、ナツを睨んでいる稲葉とその取り巻きに近付いていった。


「そういえば、あんた、模擬試験受験してたよね」


 稲葉のその嫌味な声をナツは完全に無視した、が、稲葉が絡む。足を止めないナツの進む方向に割り込むようにして、なつの顔を覗き込む。

「すみませんけどー、あなたの成績ー、見せてもらえませんかー」

 慇懃無礼に頼み事をする稲葉を見て、私は、ナツに「見せるな、見せるな」とテレパシーを送ってみる。

 しかし、テレパシーは届かない。


 ナツは、こんなものが見たいのか、と言いたげに、稲葉の目の前で。指先につまんだそれをぺらっと晒した。笑い者にしてやろうといやらしい顔をしていた稲葉の顔がみるみる歪むのを見て、どうしようかと思った。


「カンニングしたでしょ!!」


 稲葉の叫び声がした。

 次の瞬間、ナツの目がぎらっとした。


「あんたみたいな不良が、こんな点、取れるわけない、おかしいおかしいおかしいよ、不正があったに決まってるじゃん、カンニングしたの? それとも、あの先生に答を教えてもらったの? ずるしたんでしょ!!ずるい、ずるい……」

 稲葉は喚く。なんか私にまでとばっちりが来ていたが、そんなことより、ナツだ。ナツは、持っていた試験結果のプリントを握り潰した。反対側の拳を握りしめている。


「新居さん!」


 たまらず、私はナツに駆け寄った。

 ナツが右足を後ろに引くのが見えた。蹴る気だ。あの重いショートブーツはマズい。稲葉が怪我をする。

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