第22話

 ヤヨの学校でムカつくことがあった。

 

 ナツ

 あいつ、拒否しやがった。

 あんな遊んでる格好してんのに、真面目かよ。

 ムカつく。


 腹を立てながら駅に向かった。

 あちこちのフリーWi-Fiを使って連絡を取って、買い手と連絡を付ける。ギフトカードの画像が届いたら、駅のコインロッカーに品物を入れて、その暗証番号をお知らせする。そんな方法は誰だって、すぐに思い付くだろうから、そう長くは使えない手だっていうのは分かってた。


 最近、駅のコインロッカーの周りにヤバそうな人が立っているのを見る。警察か反社かどっちかだろう。外見はおんなじようなおっさんだ。


 夜9時過ぎ、コインロッカーにバッグを入れようとすると、話しかけられた。

「なあ、お嬢さん」

 前に、単位制高校の前で見張っていた男だと気付いた。

「あんた、そのピンクの髪、駅裏の定時制高校の子だろ」

 定時制じゃないけど、と思いながら、返事をしないで顔をじっと見た。そろそろ、この髪の色を変えさせるか、と思う。

「よくロッカー使ってるけど、何、入れてんの」

 それは質問でありながら、ロッカーに入れた物を見せろ、という意味だ。男の目付きは鋭い。

 体をずらして、ロッカーの中を覗かせるが、その中には単位制高校のテキスト類があるだけだ。

「教科書か。せっかくコーコー行かせてもらってんだから、ちゃんと勉強しろよ」

 男はそう言って、頭を軽くはたいてきた。

 こういう頭の悪そうな格好した女子供には何をしてもいいと思ってる手合いだ。もっとも男だったらもっと酷い扱いをされたのかもしれない。


 ちぇ、そろそろコインロッカーは使えないか。

 まあ、もう、ある程度ばら撒いたから、固定客もできた。

 そいつらに渡す手段さえ確立できればいい。


 


__________




 不機嫌なまま、高校で1日を過ごしたナツは、授業の後、アルバイトに行った。ヤヨともう友達ではいられないと思うと、足元がおぼつかないような気持ちになる。アルバイト先では、しっかり集中していないと洗っている皿を割りかねず、初めてアルバイトをした頃のように、緊張し、集中して食器を洗い、片付けていた。


 自分がなぜこんなに動揺しているのか、ナツは分かっていた。

 大切だと思った人が、ある日、実は自分のことを大切だと思っていないことに気付いてしまうこと。

「まただ」

 そんなことはヤヨが初めてなわけではない。それに、ヤヨは高校の友達に過ぎない。

 だからと言って、慣れるものではない。ナツはナツなりにヤヨを大事な友人だと思っていたし、それを失うのはつらかった。それに人間に暴力を振るわなかったとはいえ、教室で暴れたようなものだし、ヤヨにひどいことを言ったのも事実だ。

「ユカちゃんに懺悔だな」

 ナツは一人ごちる。


 アルバイトの後、ナツは私の部屋に帰ってきて、私を待っていた。

 この日の私は帰宅時間が深夜の12時近かった。

 ベッドの横で、ベッドに寄りかかって座っていた。テレビもスマホも何も見ず、ぼんやりとしている。


「ナツ?」

 私はナツの名を呼び、その頬に軽く握った手を当てる。優しくパンチをするように。

「んー…」

 ナツは余り表情を変えず、まともに返事を返してくれない。これは何かがあったなと思う。


 ふと悩む。

 ナツが求めている私は、どの私だろう? 私が果たすべき役割は、恋人なのか、指導者なのか、家族なのか。そのどれでもないのか。そんなことをいちいち気にする必要はないのか。


「……ユカちゃん、ユカちゃんは、もういなくならない?」

 ナツはそう尋ねた。

 当面、その予定はない。もちろん、ナツが私を拒否しない限り。

「ならないよ」

「信じていい?」

「いいよ」

 ナツが手を伸ばして私の首の後ろに両手を回し、私を引き寄せた。ナツの両手は握りしめた拳になっていて、不安なんだろうなと悟る。

 

「ユカちゃん、施設でさ、おじいちゃんとおばあちゃんの面会行く時に、『一緒にいるよ』って言ってくれたの覚えてる? 」

 私は、ナツの太ももを跨ぐように座り、ナツの背中に手を回す。

「ああ、そんなこと言ったね」


「あの時、あたし、すごい、嬉しかった。ユカちゃんは知らなかっただろうけど」


 あの時の情景を思い出す。

 施設の廊下で両手で顔を覆ったナツ。髪は黒かったし、ボブカットだった。

 一緒にいるよ

 そう言うと、指の隙間から見えた顔は、少しだけ笑ったようにも見えたけれど、顔を上げた時には、いつもの仏頂面だった。

 

 あの頃、ナツの表情から、感情を漠然と読み取ることはできていたと思うが、ナツが何を考えているのかまでは分からなかった。

 今、思うと、私はどれほどナツの気持ちを考えることができていたのだろうか。子供の気持ちに寄り添えと大学でも施設での研修でも言われていて、そのつもりで指導者を務めていた。でも、こうしてナツ本人とよくよく話すようになると、私のしていたことや考えていたことは、上っ面だけだったに過ぎなかったということに気付かされる。


「みんな、あたしからいなくなるけど、ユカちゃんだけはあたしと一緒にいてね」


 みんな、あたしから、いなくなる


 その言葉に何かが引っ掛かる。

 ナツの手はまだ拳のままだ。


「一緒にいるよ」



 君が私から離れない限り。



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