第21話
模擬試験が終わったので、ナツは、予備校に通うのを辞めて、アルバイトのシフトを戻した。
今日の帰りは、久しぶりにヤヨとどこかで美味しいモノでも食べて、遊ぼうかと思いながら高校の教室に入ると、先にヤヨが来ていたが、今日のヤヨは、またナツの苦手な雰囲気の方のヤヨだった。
グレーのカラコンで、飾りのないスマホをいじっている。
先週のヤヨはいつもの賑やかなヤヨで、週末にナツが予備校で模擬試験を受けると言ったら、以前のように絡むことはなく、「ナッちゃんたら、ガリ勉ちゃんはやめてよねー」、そう言って揶揄うように笑ってくれていた。そのヤヨとは違う。
今日は話し掛けない方がいい。
ナツは、こういう日のヤヨからはどうせ無視されると考えて、挨拶もせずに席に着き、リュックから今日の授業のテキストを取り出した。
「ナッちゃん」
びっくりしてヤヨを振り返った。いつものヤヨに戻ったのかと思った。
しかし、振り返って見たヤヨの表情は違った。左手で頬杖を付いて、右手にスマホを握って、ニヤニヤと横目でナツを品定めするような、いやらしい顔で見ていた。
「ナッちゃん、模擬試験、どうだった?」
「……別に」
このヤヨに返事をする気になれず、ナツは視線をテキストに戻した。
「ナッちゃんでも入れるダイガク、ありそう?」
イラっとする皮肉な言い方に、怒りのスイッチを準備しそうになるが、こんなあからさまな挑発に乗るのは馬鹿らしいと思い直して無視する。
「ねえねえ、ナッちゃん、ジュケンベンキョの手助け、要らない? ヤヨ、いいもの用意できるよ」
ナツは、施設にいた頃に薬学講座を何度か受講させられた。
ナツたち非行少女は薬物犯罪に染まりやすい傾向があると言われていて、将来的に違法薬物を乱用しないように、どんな薬物があって、各々どんな害があるのか、大人になって刑罰を受けたらどうなるか、うんざりするような授業を聞かされていた。
その授業で、スクリーンに映されていた、色々な違法薬物たちをナツは思い出し、前に、ヤヨが落としたのを拾ったヤバそうな錠剤がなんだったのか、突然、ナツの中で繋がった。
ジージャンのポケットを探ると、指先に小さなビニール袋が当たったので、ナツは、そのビニール袋を出して開けて、それをつまみ取り、拳に握り込んだ。それから立ち上がって、座っているヤヨを上から見下ろすようにして睨んだ。
ヤヨは一瞬たじろいだが、すぐに、上目遣いでナツを睨みつけてきた。
ナツは、そのヤヨの顔の前に拳を突き出す。
「あたしは、こういうの大嫌いだから」
ナツが拳を開くと、ヤヨの机の上に小さな濃いピンク色の錠剤が落ちて、コロコロと転がり、机から落ちる寸前で止まった。アイボリーの合板が貼られた机の上の錠剤は血が一滴落ちたようにも見えた。
「……何これ?」
ヤヨが表情を変えずにナツを見上げて問うた。
「ヤヨ、あんたが落としたMDMA」
ナツはそう言うと、足を高く上げた。
教室中に響くガンっという激しい音がして、ヤヨの机がひっくり返り、がたんがたんとさらに賑やかな音を立てた。ナツが机に踵を落としたのは、机、ではなく、机の上にあった赤い錠剤で、その振動で机がひっくり返った。その激しい音に、教室がシンとした。ナツとヤヨ以外の生徒たちが驚いて固まっている。
床の上には、転がっている机と、ナツのショートブーツの踵が粉々にした錠剤の赤い粉が散っている。ドロップかラムネか何かが砕けたようにしか見えない。
そして、約30秒ほど睨み合った後、ナツはヤヨの机を元通りに戻して、また、ヤヨを見下ろした。
今のこいつはあたしの友達のヤヨじゃない。
あたしの知ってるヤヨは、クスリをあたしに回そうとする子じゃない。絶対に違う。
「あんたは、ヤヨと見た目は同じだけど、中身は全く違うヤヨだ 」
そう言うと、ヤヨは、上目遣いをやめて立ち上がり、目の高さを合わせて、ナツを凝視した。
「何、言ってんの? ナッちゃん、ヤヨはヤヨだよ」
「……っせえよ、
ナツは、そう言い捨ててから机に座り直して、テキストに没頭した。
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