第20話

 高校2年生までを対象とした試験で、本番の大学受験まではまだ1年以上あるとはいえ、受験を真面目に考えている学生たちが集まった試験会場には独特の緊張感があった。ナツの通う単位制高校の入試の時には、こんな緊張感はなかったので、ナツには初めての雰囲気だった。

 しかも、ナツは、予備校の自習室しか出入りしておらず、試験会場である大教室に入ることすら初めてだった。部屋に入って見渡すと、真面目そうな学生がたくさんいて、ナツの髪の色やピアスを見て目を逸らしたりジロジロと顔と制服を見たりする者が少なくなかった。顔を顰める者までいた。ナツにしてはちゃんと制服を着ているつもりだったが、これで白い目で見られるなら、さっきのダメージジーンズだったら、確かに試験会場から追い出されるところだったかもしれないと思った。

 

 なんか、すごい場違い。

 大学でもこんな感じなのかな。

 だったら大学なんて行きたくないな。


 ナツは、うんざりしながらも、自分の受験番号の紙が貼られた机に腰掛けて、荷物をしまい、ペンケースを取り出した。それから、スマホを見て、私が送った「頑張ったらご褒美」というメッセージに気付いて、ニヤッと笑った。

 

 ナツが、マークシートをぐりぐり塗りながら、ナツなりに試験と格闘していると、ガタガタっという大きな音が左前からした。そして、うめき声も。

「何?」「ええ?」という小さなざわめきが起きる。

「静かに、テストを続けて!!」

 試験官の声が教室に響いた。


「君、君、どうしましたか?」

 という試験官の焦る声が響いて、却って受験者たちの不安を煽った。試験官が内線電話で「緊急自体が発生しました」と連絡すると、バタバタと何人かが教室に入ってきた。

 さすがにナツも気になってしまい、試験に手を付けられなくなったが、なんとか問題用紙に集中しようとする。すればするほど騒ぎが気になってしまい、遂には背筋を伸ばして前の方を覗き見た。真面目そうな男子が床の上に横たわって震えている。ひどい顔色だった。そして、その顔を見て、ちょっと前に、自習室で因縁を付けてきたやたらうるさい真面目女の後ろにくっついていた金魚の糞の一人だと気付いた。医務室から担架が運ばれて来て、男子生徒が担架に乗せられて教室から出て行くと、ざわめきは静かになっていき、すぐに筆記用具の音しかしなくなった。全く知らない男子だが、顔を見たことがあるとなると、少しだけ心配の度合いが上がる。

 

 ヤバい病気とかじゃなければいいな


 ナツは、そう思ってから姿勢を正して、改めて試験問題に目を落とした。


 いい点取ったら、ユカちゃんが喜んでくれる。

 今は、そっちが大事。

 ふーっと息を吐く。

 



 

 __________





「マヤクオヨビコウセイシンヤクトリシマリホウイハン、っと」

 巡査部長に昇進して県民生活安全課に配属された金谷直美はパソコンのキーボードを叩く。ブラインドタッチができるだけで褒められる、この部署はアナログだ。

「それにしても、最近、多くない?」

 今日もプリンターがギーギー音を立てる。期限が切れて業者がメンテをしなくなった元レンタルの複合機は、コピー機とプリンターを兼ねていて便利だが、いかんせん古くなってきた。ただ、この散らかった部屋にはそれくらいで丁度いいかもしれない。


プリンターの音に紛れそうな金谷の呟きを同僚の巡査が拾った。

「全く」

「麻薬の安売りセールでもやってんの?」

「あながちハズレでもないな」

「どういうこと?」

「相場より2〜3割安くMDMAを売ってる売人がいるらしい」

「へええ」

「でもなあ、問題はそこじゃないんだ」

「どういうこと?」

 金谷がまた尋ねる。

「一つ、こないだ取り調べした少年、北高の生徒で、予備校でぶっ倒れて、担ぎ込まれた病院で薬物使用が発覚した」

「北高って、あの進学校の北高?」

「もう一つ、その子に売った売人が、土本和樹だった」

「はあ? カズキなら、こないだ病院でぱくったじゃん」

「通信アプリの記録を辿ったんだよ。カズキが契約したスマホから連絡が来てた」


 いわゆる非行少年ではない普通の子、それも学力の高い子に、とっくに捕まったカズキがクスリを安く売り付けている?


 金谷が3回目の同じ疑問を口にした。



「どういうこと?」

 

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