第14話
「わたくし棗さんと交際しております島田と言いますが……」
「ああ、棗から聞いております。孫がご迷惑を掛けているようで申し訳ございません」
運命の恋。だなんて、格好を付けても現実は現実で、私はひとまわり年下の高校生のナツを自宅に連れ込む悪い大人だ。その自覚はあるが、最低限の筋だけは通さなければならない。
というわけでナツの保護者である祖父母に連絡を取った。
おそらく、このままでは、ナツはうちに入り浸ることになる。ナツの祖父母がそれを良く思う筈がない
と思ったのだけど。
ナツのやつは、私と再会した次の日には、祖父母に私との交際の許可を取り付けていたのだった。
後で、どうやって祖父母を説得したのかとナツに尋ねると、説得する必要はなかったとナツはけろりと答えた。
おばあさまに脂汗をかきながら自己紹介し、自分のスマホの電話番号を伝えた。そして、ナツがうちに自由に泊まりに来ること、模擬試験を受けさせることの許可を求めた。
何を言われるかビクビクしていた私だったが、ナツのおばあさまは、実に穏やかに了承してくださった。
そして、ありがたいことに、私が施設の指導者であったことには気付かなかった。或いは、気付かない振りをしてくれたのかもしれない。
「年寄り二人と家にいるのもつらいだろうと思って、好きにさせていますが、それでも、夜の街で遊ばれるより、守って下さる大人といる方がずっと安心できますので、ありがたいくらいです。孫をよろしくお願いします」
「承知いたしました」
おばあさまのその声は少し重かった。
私はナツをしっかり守らねばならない。
そのまま、おばあさまと少し話した。
ナツの祖父母は、この2年、丁度良い距離を探しながら、良い関係を築こうと努力してくれていた。
ナツは祖父母にとって娘の忘れ形見だ。ナツが事件を起こして施設に入れられたことを知らされず、一度はナツの行方が分からなくなっていた。それだけに、祖父母は、ナツが目の前からいなくなってしまうよりは、手元に置きつつも、なるべくナツの望むように生きさせてやりたいと考え、ナツのやることにいちいち口出しはしないようにしている。家にいるとつらい、というナツの気持ちを酌んでのことだった。
「どこか腫れ物に触るみたいに扱ってしまうんです。あの子の心に踏み込む勇気がないんですよ、ダメですね」
おばあさまがため息を吐くように言った、事件のこともナツの抱えている秘密のことを聞き出すこともせず、ただ、ナツが心安らかに自然に暮らせるように、でも、もう誰かを傷つけて逮捕されることなどないように。
そればかりを心掛けてきたと言う。
ナツと祖父母の約束は二つ。必ず1日1回は祖父母の家に帰って顔を見せる、重要なことは必ず報告する。
祖父母はナツの自主的な自由を許している。ナツはナツで、祖父母に申し訳ないという罪悪感を抱えながらも、祖父母から離反したり反抗したりする気持ちは全くなく、夜の街で遊んでいても警察に補導されたことはない。
「それでも、孫は、棗は、私どもに負い目を感じているんです。ちゃんとしてなくてごめんね、って謝ってくるんです。一緒にいてくれればいい、そう言ってるのに、なかなか伝わらない」
「繊細なくせに頑固者ですからね」
「……亡くなった娘もそうでしたから、仕方ありませんね」
おばあさまは、自分たちを不甲斐ないと言う。だけど、施設で働いていた頃の私としては、あの頃、ナツにいてほしかった保護者がそこにいてくれたようで本心で嬉しかった。ナツは、自分がいてもいいところを欲しがっていた。ナツの気持ちはまだ追いついていないのだけど、おじいさまとおばあさまは、ナツの居場所を作ってくださっている。
この方たちにナツを引き取ってもらって本当に良かったのだと安心した。
もし私がナツの保護者だったら、そこまでナツを自由にさせてやれないだろう。私だったら、ナツを束縛して自分の思いどおりに動かそうとしてしまう気がする。
おじいさんとおばあさんの懐の深さには驚かされる。
____
「ナツのおじいちゃんとおばあちゃん、理解がありすぎて怖いわ」
ナツと一緒に一つの毛布にくるまって、私がそう言うと、ナツはちょっとだけ苦笑いした。
「それでもすっごく心配してくれてるよ。マジで優しすぎて困ってる。ユカちゃん、どうやったら恩返しできると思う? 」
「う? うーん、……今は、分かんないけど、一緒に恩返しできる方法を考えようか」
その答はナツにとって正解で、えへへとナツは笑って目を閉じて、安心して眠りに落ちてくれた。
ナツの規則正しい寝息を聞きながら、更生施設の元指導者として、あれから2年経ったナツのことを分析してみる。
この2年間、理解のある祖父母がナツを守ろうとしてくれていた。ナツもそれに応えたかった。
でも、祖父母が良い保護者であればあるほど、自分みたいな乱暴な悪ガキがこの善人の孫でいいのか、という祖父母への罪悪感が強くなる。ナツは、パンクファッションと夜遊びで自分は悪ガキなんだと叫んでいる、でも、同時に祖父母のためには良い子にならねばならないとも思っている。そんなどっち付かずの自分が嫌なんだろう。
そして、追い詰められると、自分を肯定する手段として売春もする。
寂しい女性を抱くなり抱かれるなりして、感謝されて対価として金を受け取り、自分はこれでいいんだという仮初の安心を得ようとしている、のか。
ナツ自身も寂しい、のか。
私は寂しい女ではない。私は、ナツのことを『運命の恋人』と呼び、ただナツを抱きたくて抱く。そこには金のやり取りも癒しも不要だ。過去の人を半殺しにしたことも知っているし、それこそ、ナツ自身に噛み付かれて傷を負っていて、それでも、ナツを求めている。
私だけが、良い子であり悪い子でもあるナツを全肯定する存在だ。
この分析から言えるのは、私にとってナツは『運命の恋人』であっても、ナツにとってはただの都合のいい逃げ場所を提供するオトナなのかもしれないということだ。
それに、私は27で、ナツは17だ。
この子は、これから本当の『運命』に出会うのかもしれない。
ナツが私の隣で小さく寝返りをうった。微かに、んん、と唸る。
ただ、それだけの動きを、私は、驚くくらい愛おしいと感じてしまう。
ああ、もう分析なんて、クソ喰らえ!
たとえ、今だけでも、
私は運命の恋を全うする。
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