第15話
大学の頃、悪友の
私の働くことになった予備校は、それなりに大きくて、一つのビルの中に、小学生と中学生対象の学習塾と、高校生以上の予備校が併設されている。私が担当する授業自体は中学生相手の英数が主だが、施設での経歴を買われて、勉強だけじゃなくて、悩み多き若者たちの相談だか愚痴だかを聞く相談室担当という仕事も任された。私の経歴と婦警の金谷の紹介もあり、子供と話すことに慣れているだろうと見られたのだ。子供の話し相手になるのは好きだから構わないし、相談の分は歩合になるから、相談相手が多いほど給料は良くなる筈だ。
そうして、働き始めてようやく1週間ほど。
早速、勉強のこと以外に、心身に深刻な悩みを抱えてる子が現れて、慌てて上司に報告し、保護者に連絡して、心療内科での診察に繋げるなんて出来事が起きた。そこまでではなくても、何人かが暗い顔で相談室のドアをノックする。成績や進路のことだけでなく、家族のこと、将来のこと、そして、恋愛や友情のこと、などなど。施設に入る非行少年は大抵は複雑な事情を抱えているから、社会で学校に通っている子は幸せなんだとどこかで思ってた。でも、ちゃんと学校に通っていても、みんな何かを悩んでいて、ティーンエイジャーが生きていくには厳しい時代なのかもしれないなんて思うようになった。
そんな風に、私のこの街での生活が軌道に乗り始めた。
なんと、ナツも一時的にバイトを減らして予備校の高校生用の自習室を使って勉強し始めた。少し先に行われる高校2年生向けの模試試験をナツも受験することになり、そのため、期間限定で予備校に入校したという形である。
ナツは、祖父母に負担を掛けたくなくて大学進学には消極的だが、祖父母はむしろ進学させたいと考えているとのことで、私もそれには同感だった。進学するかしないかはおいおい説得するつもりだが、とりあえずのナツの今の偏差値ぐらいは把握しておきたかったので、模擬試験の受験を勧めた。
「え、やだ」
当然、一旦は嫌がったナツだったが、一回くらい受けておけ、損はない、勉強しろ、などなど、しつこく説得を重ねると、ユカちゃんがそこまで言うならと、渋々模試を受けることに同意してくれた。その辺りは、私とナツの関係がまだ先生と生徒だった時の名残なのか、ナツは変に私に従順なところがある。
「その代わりに、これあげる」
私はご褒美としてナツの手に合鍵を握らせた。
ナツは鍵を見て、私の顔を見て、また鍵を見て、鍵を握りしめた。チャリッ、という金属音がして、ナツが笑った音みたいに思った。
しかも、私ときたら、部屋の中のキャビネットの一カ所にナツの着替えなどの所持品を入れる場所まで用意してやったのだ。これは、いつでも好きな時にうちにおいで、という意味になる。模擬試験のことで嫌そうな顔をしていたナツは、ころりと嬉しそうな顔になり、小さなぬいぐるみの付いたキーホルダーに鍵を取り付けていて、ニコニコしていた。
なんだか尻尾を振っている犬みたいにも見える。
こんな鍵が勉強へのやる気に繋がるなら安いもんだ。酒を飲んで帰ってくる私をドアの外で待たせるのも悪いし、危ない。
「ねぇねぇユカちゃん、もし、あたしが模擬テストでいい点取ったら?」
「取れてから言いなさい」
「けち」
ナツは、やればできる子だ。ここで下手な約束をしたら、私が痛い目を見かねない。
「頑張りなさい、結果によっては、ご褒美を考えるから」
ナツはガッツポーズした。
君の態度は、2年前より幼いぞ、どういうことだ?
こんな可愛らしい君は知らなかった。
知っていたら、恋に堕ちなかっただろうか。
いや、堕ちたに違いない。
__________
ヤヨがぐったりと眠り込んでいる。
うっすら白目むいて、口が開いていて、枕が涎だらけだ。ひどい顔になってる。
昨日の夜のヤヨは、何の幻覚を見ていたんだか、ずっと泣いていた。
1錠じゃ変わらないかと思って、もう1錠飲ませたのが悪かったかもしれない。
「ふふ、くく」
笑い声が漏れてしまう。
これ、みんなに使わせたら、どんな面白いこと起きるかな。
誰かに買わせるにはどうしたらいいかなあ。
カズキのセカンドバッグには、スマホも2台入っていた。
一つはプライベート、一つは商売用だろうか。
「……ら、もう、許して……」
ヤヨが苦しそうな寝言で訴えてくる。
許すも何もない。ヤヨはいつだって言うことを聞いてくれる。それが当たり前だからだ。
こんなひどい顔じゃあ化粧しても学校には行けないか。
単位制の高校なんて、どうせ行っても行かなくても一緒だから、休めばいい。
でも、あんまり休ませると面倒かもしれない。
しょうがないな。
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