第16話
「ヤヨ」
教室で、目が合ったのに、呼び掛けてもヤヨはナツを無視した。
ナツはふーっとため息を吐く。今日は久しぶりに駄目なヤヨだ、とナツは思った。
ヤヨには、こんな風に誰も彼もを無視することが2、3ヶ月に1回くらいある。こういう時のヤヨは苦手だ。しかも、ジロジロと周りを観察するように見ているくせに、椅子に腰掛けたまま誰とも関わろうとしない。お決まりのピンクの髪で、今日もメイクは完璧だ。
ただし、カラーコンタクトはグレー。
その目の色のせいもあってか、見た目はいつもと変わらないのに表情が冷たい。
「ばいばい、ヤヨ」
授業が終わって教室を出る前に、ナツがヤヨに手を振ると、ヤヨは、ナツの顔をちらっと見て、手を振り返すことも返事も返さず、手に持ったスマホに視線を移した。ナツは帰ろうかと思ったが、ヤヨが、「GPS入ってる」、小さな声でそう言って舌打ちをしたので、もう一度ナツはヤヨを振り返って見た。ヤヨの持っているスマホは、いつものぬいぐるみとかキーホルダーとかがジャラジャラついたスマホではなくて、ケースも何も付けてない入ってないスマホだった。多分、ヤヨのではなく誰かのスマホだろうと想像しつつ、今日のヤヨはお手上げだと思って、ナツは一人で教室から離れた。
校門を出ようとすると、学校の前に、チンピラみたいな風体の中年男が高級そうなフルスモークの自動車からこちらを見ていることにナツは気づいた。学校から出てくる学生を品定めしているようだった。目付きが変に鋭い。これは近付かない方がいい輩だとナツは受け止め、目を合わさないように学校から離れた。彼は誰かを待ち伏せしているかのようだったが、待ち伏せするなら隠れてればいいのに、と心の中で思った。
そんなナツの横をヤヨが後ろから早足で追い抜いていった。
抜きざまにヤヨのバッグがナツの肘に当たり、何か小さな物が転がり落ちた。ヤヨはもう角を曲がって見えない所に行ってしまい、落としたことに気付かなったらしい。
「何、これ」
小さなビニール袋に濃いピンク色の錠剤が一粒。拾って指先でつまんでみた。表面には、文字や記号はないが、リボンか蝶々か何かが浮き彫りになっていて、可愛い感じがした。
とりあえず、ナツはポケットにそれを入れた。
それから、ナツはバイトに行く前にいつもの公園を覗いてみた。
公園には、ヤヨだけでなく、今日は誰もいない。犬の散歩をさせているおばちゃんが二組いるくらいだ。
ここのところ、仲間たちは、公園に集まらないようにしているらしかった。
よく知らないが、ナツがカズキを吐くほど強く蹴った日の夜、カズキは姿を消した。そのカズキの行方を探して怖い人が公園に来たらしかった。興味本意の噂が仲間内のSNSに流れ、事故った、やらかして
さっきの危ない雰囲気の中年男の乗っていたのと同じ高級車が公園の横を走り抜けて行った。
さっきの男?何を探しているんだろ?
ナツは予備校の方へ足を向けた。
_______________
送られてきたギフトカードの番号を入力して、ショッピングサイトにとんで適当な品物の購入する。服だったり化粧品だったり、どうでもいいモノだ。いつものようにヤヨに使わせればいい。
送信元にコインロッカーの暗証番号を送る。
そして、スマホの電源を落とした。
お客サマは、これでコインロッカーを開けて、目的のお薬を手に入れることだろう。
カズキのスマホにインストールされていたGPSだの追跡アプリだのは消したとはいえ、このスマホがいつまで使えるかは当てにならない。使える限りはこれを使って、クスリを売ってやろう。
そういや、変な奴があの学校の前でうろついていた。あれは、このスマホのGPSが反応して、カズキのスマホを持っているやつがあの高校にいる、って勘付いたからだろう。どうやら、あの男は、カズキの持っていた薬と現金を取り返そうとしている。まあ、予想通りだ。あれだけの錠剤があれば、いい金になった筈。
残念だけど、どっちもそう簡単に返す気はない。
あのバカのカズキにできた薬の売買ができないわけがない。
ちょろいもんだ、
カズキから薬を買っていたやつに、カズキより少し安い価格で薬を売る提案をする。
ギフトカードで送金してもらって、薬を隠したコインロッカーの暗証番号を教えてやる。
手順としては単純だ。
そこそこ金が手に入るけれど、別に欲しいものがあるわけじゃないから、大して金はいらない。
ゲームがしたいだけ。
反社から掠め取った薬を売買して儲けた金を浪費するゲーム。
反社も警察も両方の裏をかいてるのが楽しい。
それに、MDMAを食って、おかしくなるやつが出るかもしれない。
そんな馬鹿が出たらボーナスだ。
幻覚だけならいいけどね。
幻覚なんて脳が壊れるから見れるんだよ。
薬なんて使って余計にバカになってどうすんだろう。
うざかったカズキを潰したかっただけなのに、こんなに面白いことになった。
せっかく手に入ったおもちゃで手一杯遊ぶ。
こんな楽しいゲームは初めてだ
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