第9話

「はーい、侑佳ゆか、あんたそれは県の条例法違反です。逮捕してあげようか」


 私の悪友である金谷カナヤは、県警の県民安全課の婦警である。ただし、本日は非番なので、居酒屋で私とジョッキをぶつけ合っている。そして、二人とも1杯目をすぐさま空にした。

「うるぜえだあ、わああてるゔぁー」

 答えて、そして、すぐにおかわりを注文する。学生時代、私と金谷はバイト料が出るとこうして飲み放題のある居酒屋に駆け付けたものだった。

 ナツは早生まれなので、まだ17歳の未成年だ。はい、つまり、金谷の言う通り、これは県条例法違反、すなわち淫交だ。


「わ、島田侑佳さん、何ですか、そのしゃがれ声は。やーらしいなあ、もう」

「ゔーーー、ゔっさいわ」

「だいたい、どういうことなんよ、年下の子をベッドに連れ込んで、挙句、どうしてあんたの声がしゃがれてんのさ」

「……予想外の事態ゔぁ、起ぎだ」

「ははっ、まさか、あんたが食われたの? あんたが」



____



 私は、学生時代にそれなりに遊んでいて、就職するまで交際相手は途切れない方だった。いろんなことにがっついていた時代だったのだと思う。 

 大学卒業前、最後に付き合った恋人とは将来についても話し合ったが、その時の私はとにかく施設で働きたくて仕方がなく、結果として別れた。そうして、施設で働いているときは、仕事一筋にならざるを得ず、誰もと付き合う余裕はなかった。

 なので、ナツが大学卒業以来の恋人ということになる。

 久しぶりとは言え、年上の自分がリードせねばならぬ、という気負いはあった


 のに。


 散々啼かされたのは私の方だった。



 ナツに、あれよあれよと服を脱がされ、組み伏せられて、攻め立てられたのだった。

 ナツは、私の表情をうかがい、私の反応を細かく確認していた。私のあられのない声やもがきの間に、「ユカちゃん、大丈夫?」、「いいの? 」、「ここ? 」などとナツは真面目な顔をして心配そうに何度も何度も尋ねてくる。そのくせ手の方は止めてくれない。そんなの答える必要がないくらい、とにかく、ナツはだった。


 こんなの、どこで覚えたんだろう、この子。恋人なんていないって言っていたのに。


 そんな疑問を考えている余裕はすぐになくなって、気持ち良くされているうちに気を失うように寝てしまったのだった。


 目を覚ますと、カーテンの隙間から見える空は紫色になっていて、もう夜明け前になっているみたいだった。

 ナツは、隣に横たわって私の顔をじっと見ていた。


「……ユカちゃん? 」

 心配そうな顔で、囁くような声で私の名を呼ぶ。もしかしたら、この子は寝ないで私を見ていたのかもしれない。

「大丈夫? どっか痛くしてない?」

 それに答えようとして、声が出なくなってしまったことに気付いた。私が何も答えないのでナツはハラハラしているようだった。金髪がはらりとナツの目の上に落ちたので、指でそれを掬う。

 大丈夫、と口をゆっくりと動かすと、ナツはかすかに笑ったので、安心したんだなと思った。


 はああ、と1回深く呼吸をした。


 ダンボールやその中身が散らかった部屋を目だけで見渡した。まだ、自分の家という感じがしない。こんな状況で、一体何してるんだか、と思うと、ナツがまた心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 私は、そんなナツが可愛くて仕方がなくなって、きゅっと抱きしめると、同じ毛布にくるまった。


 寝よ


 口をそう動かすと、ナツは嬉しそうな笑顔を浮かべた。それは初めて見る顔で、子供のように幼い笑顔にも見えた。それに比べると、さっきのシてる時の君はとんでもなくオトナっぽい顔だったのに。


「ユカちゃん、これ夢じゃないよね」


 どうやらナツは、セックスするよりただ一緒に寝る方が嬉しいらしい。早まって失敗したかな、ごめん、ナツ。

 

「ユカちゃん、あたしさ、施設出る時、出れるのは嬉しかったけど、先生と、……ユカちゃんと離れ離れになるのだけは本当は嫌だったよ。ユカちゃん、ぐいぐい来るから怖い先生だったけど、誰より、あたしのこと考えてくれてるって思ってた。面接で話せるの、いつも楽しみにしてた。面接の時間、好きだった」


 もう辞めてしまったけれど、更生施設の先生魂にグッと来る。




「ホントは、面接じゃなくて」


「先生が」


「ユカちゃんが」


「好きだった」


「一緒にいてほしかった」


 体が震える。

 胸がぐっと締め付けられて、自分が泣きそうになったことに気付いたが、ナツに泣き顔は見せたくなかった。

 声が出ないので、答える代わりにこつんと額を額にぶつけると、ナツも私にぎゅっとしがみついた。ナツの体はもう私よりも大きいが、まだまだ子供みたいだ。


 一回り年下の女の子と何してんだろう、私? という疑問が頭の中に浮かぶ。



 ひたすら運命の恋をしてんだよ、と自分に答えた。

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