第12話

 悪友と二人でしたたか飲んでベロンベロンに酔っ払った私が帰ってくるまで、ナツはアパートの扉の前にうずくまって私を待っていた。帰ってきた私を見て、ちょっと泣きそうな顔をして笑って出迎えてくれたのはいいが、ナツの体はすっかり冷えていた。


「おうち帰んなくていいの?」

 ただいまの代わりに確認すると

「今朝1回帰ってるから大丈夫。ていうか、ユカちゃん、酒臭すぎ」

 生意気な「お帰り」が返って来た。


 臭い臭いとナツは何度も文句を言いながら、今日も私と同じ毛布にくるまった。

 悪友に釘を刺されたし、飲み過ぎで眠たかったしで、とりあえず、その日は、県条例法違反行為には及ばなかった。



「おばあちゃんには、ちゃんと連絡してある」

 ナツは私にしがみつきながら言った。



____




 ナツは、優しい祖父母が大好きだったし、その家が嫌なわけではないが、ずっと家にいると、何かがつらくなった。


 ナツは、祖父母にとても感謝していた。

 あんなことをしでかした自分を引き取ってくれて、父親たちが暮らす場所でもある事件を起こした街から、こんなに遠く離れたところまで自分のために引越ししてくれて、父親とその新しい妻から解放してくれた。施設から出たら死んでしまおうと思っていた時期もあったけれど、施設を出る時に、祖父母と一緒に暮らせる限りは一緒にいると決めて、この街で暮らし始めた。


 ただ、どうしてもこんな孫で申し訳ないと思ってしまう。

 祖父母二人の大事な娘の子供なのに、人を半殺しにするような乱暴者に育ってしまった。祖父母がナツを許していたとしても、ナツ自身はそんな自分が許せなくて、祖父母と一緒にいると時々息苦しくなってしまう。

 この街で暮らし始めて半年もすると、ナツの顔色は悪くなり、祖父母もそれ困っていた。


「じいちゃん、ばあちゃん……。ごめんなさい。聞いて」


 ナツは、祖父母にそれを打ち明けた。

 


____


 

「バイトしたり、街ん中ふらふらして、10時くらいに帰ると、もうじいちゃんもばあちゃんも寝る支度してるから、その時、ちょっとだけガッコのこととかバイトのこととか話すよ」


腕の中のナツの髪をなでてやる。


「10時は過ぎちゃうし、話す時間も短いけど、ちょっとで十分なの。それ以上、一緒にいるとだんだん罪悪感が強くなって苦しい」


「そうか」


「ユカちゃんといるのは、苦しくない」


「それは、良かった」

 ナツのサラサラの髪に口付ける。

 しばらくすると、ナツは寝てしまい、私は少しの間だけ眠れずに、ナツの言ったことを振り返っていた。


 ナツと違って、私には、罪悪感がある。

 17歳の子供に独占欲を抱いてしまっていることに。

 



 悪いオトナが、ナツの寂しさにつけこんでいるのかもしれない。



 __________





「弥生ー、どこだよぉ」

 歓楽街の片隅にある、2階建ての古い鉄筋の駐車場。火災報知器も防犯カメラもない、いい加減な駐車場で、色んな事件の現場になっている場所だと、後になって悪友かつ婦警の金谷に教わった。この駐車場のオーナー会社はいくら注意されても設備を新しくしようとしないらしい。

 カズキは、そんな駐車場の2階に呼び出された。カズキが大事そうに抱えているぱんぱんに膨れたセカンドバッグには、有名なブランドのアルファベットのモノグラムがプリントされているが、本物かどうか怪しい。少し足元がおぼつかないのは、酒のせいだけではなさそうだ。

 薄暗い駐車場には、いくらか自動車が停められていて、その合間を縫うように、スマホを見ながらカズキは何かをぶつぶつ言いながら歩いていた。イケメンとは言い難い顔に下からスマホのライトが当てられて、殊更に歪んだ顔に見えた。

 けたたましい電子音が駐車場にわんわん響いて、カズキのスマホにメッセージが届いたのが分かる。

「あああぁ、北側の非常階段? 北ってどっちだっけか、おい」

 一人きりでも誰かに話すみたいな大声での独り言を言うのはカズキの癖だった。


 金属でできた非常階段。カズキの革靴が歩を進めるとカコンカコンと音がする。

「弥生ー!!」

 踊り場でカズキが大声を出すが、人影はない。

「カーズーキ、くーん」

 非常階段の真下から声がして、カズキが階段の横の手すりから顔を出した。


 ピンクの髪の少女が手を振っていた。


「なんだぁ、下に居たのかよぉ」

 カズキはニヤアと下卑た笑いを浮かべて、横の階段を降りようとする。

「ねえー、カズキくーん、あのさあー」

 下から声がして、カズキはもう一度踊り場から下を覗いた。すると、ピンクの髪の少女が、「こっちだよ」と手を振りながら、踊り場の下、カズキの死角へと消えていく。

「あんだよぉ、弥生ぃ」

 カズキは踊り場から体を乗り出した。


 そのカズキの腰が、思い切り後ろから蹴り上げられた。


 カズキの体が非常階段の踊り場の手すりを乗り越えるようにして宙に浮いた。

 

「うぁえぁゔぉおおぉ……!!!」

 声にならない悲鳴の後に、重いものが入った袋が地面に打ち付けられる鈍い音がした。




「うううゔうぅぅぅ」

 絞り出される唸り声がした。

「やぁ、よいぃぃ、いでええええ、タス、け、ぇえ」

 ピンクの髪の少女が、震えながらカズキに近付くが、流れてきた血に驚いて足を止めた。靴が汚れるのを避けるかのようにも見えた。

 そして、唸り声がだんだん消えていくのと入れ替わるように、カンカンという非常階段を降りてくる音がだんだん大きくなった。非常階段から降りてきた者の手には、カズキが大事そうに持っていた膨れたセカンドバッグがあった。


 手招きをされると、ピンクの髪の少女は慌てて、その者に近付く。

 ピンクの髪の少女の目の前で、セカンドバッグのファスナーが開かれた。


「へえええ」

 中に入っていた二つ折りの財布には結構な枚数の一万円札。


 そして、

 バッグを膨らませていたのは大量の色とりどりの錠剤と、茶色い草の塊の入った小分けのビニール袋が少し。

 

 「カズキ、本当に売人ばいにんやってたんだ。こんなに頭悪くてもできるもんなんだ」



 街灯の下、くすくすと笑い声が響いた。


 

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