第11話
太平洋に面した温暖なこの街は、都会なんかではない。駅の前に、いくつか大きなショッピングビルや店が並ぶ繁華街のメインストリートがあって、その裏に網目のように歓楽街があるが、それもさして広くはない。
その片隅に、遊具が何もなく、立木とベンチしかない小さな公園がある。昼間は休憩する営業の喫煙所みたいな場所だが、夜は、やんちゃな若者たちの集まる場所になる。
高校1年の終わり頃から、バイトのない日のナツは、その公園でヤヨと一緒に過ごしている。スケボーを抱えた若い男たちと、派手な化粧をして秋なのに露出の高い服を着た若い女たちが10人くらい集まってタバコを吸いながら喋っている。ベンチがあるのに、地面にしゃがんだり座り込んだり。
そこで話されるのは、どうでもいい噂話ばかりだ。面白い配信、安くて美味い店、メイクやファッション、バイトを辞めた始めた、誰かと誰かが付き合った別れた、あいつとそいつがパクられた、ろくでもない話が多い。加えて、やたら男は女を口説こうとするし、女もそれを当然としていて、付き合ってはすぐに別れるし、またくっつく。その繰り返しに躍起になってばかりいる。概ね同じようなメンバーの中でお互いの体を共有しているようなものだ。
馬鹿馬鹿しくて時には鬱陶しくて、かなり無為な時間だと思うが、ナツは、家とか学校とか、そんないわゆる世間にどこかハマることができない、行くあてのない者たちと同じ空間にいると、なぜか安心できた。いい加減で適当で、だから、気が楽だった。
ヤヨは、仲間たちの中であれこれ声高に話していて、ナツはただそれを聴いていて、たまに相槌を打つくらい。会話にはほとんど加わらず、誰とも親しくはならなかった。男からは付き合おう、やろうと迫られるのはしょっちゅうだし、なんでアンタはここにいるんだと短気な女から絡まれたことが何度もあるが、大抵はシカトだ。たまにしつこい者もいるが、ちょっと睨むだけで怯むことが多い。
こういう場所にいたい、ただそれだけだ。それを分かってくれる相手はいない。ヤヨにも、なんでここにいるの? と尋ねられたけれど、ナツは「なんとなく」としか答えられなかった。
逆に、ヤヨは誰とでも仲が良く人気者だ。男女関係なく、話題の中心にいることが多い。ナツには、ヤヨが誰とどんな関係にあるかまでは分からないが、大したもんだなあと思う。
「どしたのーナッちゃん? 」
ナツの視線に気付いてヤヨが振り返った。ピンクの髪が揺れて、赤い唇が動く。
「ヤヨ見てた」
「やっだー何ーそれー。惚れたー?いーよーナッちゃんならー、付き合っちゃう? 」
それを聞いていた周りが騒いで、場が盛り上がる。
ここにいれば、ただ、楽しい。
ところが、今日の公園は違った。
「弥生ー」
大きなガラガラ声が、街灯の灯りに照らされた小さな公園に響いた。
こんな公園にたまるのは基本は十代の子供だ。だが、時々、大人になりきれない卒業生が荒らしに来ることがある。ヤバいものを買わせようとか、悪さをさせようとか、金を手に入れるために子供を利用する馬鹿は少なくない。
カズキも、そんな一人だ。
もう二十代も半ばを過ぎたというのに、まともな仕事に就けず、今は、どこかの反社会集団の下っ端の下っ端だ。最近は、ワルい薬物を売っているらしい。捕まれば尻尾を切られて見捨てられる末端のチンピラだが、どうやら最近は羽振りがいい。しかし、それを自慢する相手がいなくて、子供ばかりのこの公園にやって来る。
「弥生ー、うまい飯食わせてやるから、来いよお」
「やだー、カズキじゃん。ナッちゃん逃げよー」
ヤヨはそう言って、ナツの後ろに隠れながら、ナツの袖を引っ張った。
ナツもカズキの顔は何回か見たことがあったが、まともに話したことはない。可愛げのないナツはカズキの好みではないらしく、ヤヨのオマケ程度に思っているだろう。
「どこ行くんだよぉ、弥生ぃ」
ベタベタしたしゃがれ声が近付いて来るので、公園から出て逃げようとしたが、カズキに弱みを握られているのか、3人の男たちが行手を塞いだ。
「俺としちゃあ、二人きりがいいんだけどさぁ、そっちの金髪の女も一緒に来たいなら来ていいよぉ」
カズキがニヤニヤ笑いながら、ナツとヤヨの前にふらふらと立った。
「あんたと食う飯なんてまずそうだから、いらない」
「ナッちゃん!?」
「あああああ?てめ今何言ったぁ!!」
ヤヨは一瞬ナツを嗜めたが、すで遅く、カズキはすぐに怒り出した。
ぱん、っという音がした。カズキがナツの頬を平手打ちしたのだ。
音は良かったが、ナツは顎を振って衝撃をいなしているので、それほどのダメージはなく、よろけもしなかった。ナツはギロリとカズキを睨み付けると、ぶっきらぼうに言った。
「これで正当防衛」
次の瞬間、鈍い音がした。ナツがカズキを横蹴りし、ナツのショートブーツの踵がカズキの鳩尾に刺さるように食い込んでいた。
「ヤヨ、逃げるよ」
ナツが足を戻すと、カズキはがくりと跪いた。道を塞いでいた男たちが慌てて、カズキに近寄ろうとか迷った。
その隙をついて、ナツはヤヨと一緒にダッシュで公園から離れた。
背中の方から、カズキが嘔吐する粘っこい水音が聞こえたが、それもすぐに遠ざかった。
「ヤヨ、今日は帰ろ。少し早いけど」
「あはは、ナッちゃんのキック、すっごーい」
「これで、当分、あの公園行けないかな、ごめんねヤヨ」
「いいよー、ナッちゃんはヤヨを守ってくれたんだもーん」
ヤヨは笑った。
「ナッちゃん、かっこいいよ。……大好き」
その声は夜の繁華街に吸われ、ナツの耳にまで届かなかった。
二人は走って駅前にたどり着いた。どうやらカズキらは追ってきてはいない。
息を切らしながら、足を止め、二人はどちらともなく顔を合わせて笑った。
ふと、ヤヨが駅前を歩く人たちを見た。
次の瞬間、その笑顔が曇ったのにナツは気付いたが、ほんの一瞬だったので、ナツは見ない振りをした、ヤヨにだって言えないことはあるだろう、と思う。
ナツは、ヤヨと別れてから、家に帰ろうとして、少しの間逡巡すると、決めたように途中で道を逸れた。
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