第2話
教えてよ、君のことを。
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夜の繁華街を歩いていたら、しつこく声を掛けてきた中年男にいきなり腕を引っ張られました。連れ込まれたビルの入り口で押し倒されて、服を裂かれて犯されそうになリました。そのビルの2階にバーだかなんだかがあって、そこにたまたま置いてあったビール瓶で、男のこめかみ辺りを思い切り殴りました。瓶が砕け散って、男は悲鳴を上げてひっくり返ったので、すぐに立ち上がって、男の顔を思い切り蹴り上げました。なんか砕けるような感じがしたのは、うっすら覚えてます。
後は、ひたすら蹴りました。どこをどれだけ蹴ったは覚えてません。どっか途中で、男が助けてって頼んできたけど、あたしがどんなに助けてって言ったって絶対ヤったんだろうから知らねえよって思って、そのままガンガン蹴りました。
後で分かったんですけど、あたしの右足の爪が割れて指の骨にヒビが入るくらい強く蹴ったみたいです。通行人が止めてくれなければ、殺してたかもしれません。
2度目の面接の日、浜岡
手元の資料では、被害者の負傷の程度は相当酷い。半年が経過しようとしているのに、今でも被害者は入院したままで、後遺症が残ると言われている。一方で、浜岡の父親は、弁護士の入れ知恵もあって、被害者を強姦未遂の加害者でもあるとして被害届を出していて、こちらも事件化されている。そのおかげで、浜岡側の被害弁済はそれほどの金額にはならないらしい。それは、胸が悪くなるような大人の事情だ。
「先生、頭が真っ白になるって言うじゃないですか、興奮してる時」
「ああ、事件の時、自分が何をやったのか覚えてないって言う子もいるよ」
私がそう答えると、浜岡はすんっと鼻を鳴らして苦々しく、笑い顔を作った。
「あたし、頭が真っ白ってことなくて、結構冷静に蹴ってるつもりでした。だけど、後になってめちゃくちゃ足の指が痛くなったから、やっぱり頭に血が上ってたんですね」
「浜岡は、カッとなること、多いの?」
うーん、と浜岡は少しだけ唸った。
「普段は怒ってません。ただ、かちっとスイッチが入ったら思い切り暴れちゃってます」
「浜岡は、本当はずっと怒ってるんじゃない? いつも怒りを溜め込んでる。」
ぴた
と浜岡は止まった。それから浜岡は口を閉ざした。
多分、浜岡は、今もずっと何かに腹を立てている。それが何かの拍子で、爆発するように溢れ出る。
何がそんなに浜岡を怒らせているのか、私はそれが知りたかった。
君のことを知りたくてたまらなかった。
____
浜岡に反省用の課題を与えれば、きっちりと期限を守って、それなりの物を提出してくる。事件の反省、過去の失敗、親への感謝、今後の生活設計、どんな課題でも教科書通りのように卒のない回答だ。最初に大暴れしたが、その後は、要領良く集団生活もこなしてるから、施設内での評価は高い。だから、帰る場所さえ決まれば、施設から出るのは簡単だ。このままでいいなら。
でも、それで良いわけがない。
浜岡は、いつまで「良い子」を演じ続ける? ずっと続けるなんて無理に決まっている。それに、本当の良い子なら親を嫌がらないだろ?
「浜岡は嘘つきだね」
そう言うと、浜岡はなんのことですか、と言うようにいつもの作り笑顔を見せた。
「島田先生、あたし、ちゃんとやってますよね」
そのとおり。担当指導者として全く不満はない。
「で浜岡は、どこに帰りたいんだっけ?」
「自宅以外なら、どこでもいいです。先生、あたしの帰る所、早く決まりませんか」
どこでもいいかあ。嘘つきだな。
「どこでもいいじゃなくて、本当はもうどこにも行きたくないんでしょ?」
そう尋ねると、浜岡は、ほんの一瞬、目を泳がせたが、すぐに作った笑顔に戻って首を振った。
私は、そろそろ、この作り笑いをぶっ壊したくて堪らなくなっていた。
「……死にに行くなら、どこだって同じって、顔に書いてあるよ」
代わりにそう答えてやると、図星だったのか、浜岡は創り笑顔を忘れて、険しい顔で私の目を見た。
正直な顔を見せてくれた代わりに、私も指導担当者として、あるまじきことを告げてやることにした。
浜岡
「親への当てつけに死ぬんだったら、施設じゃなくて自宅に戻ってからの方が効果的だと、私は思うよ」
浜岡は、ぎ、っと私を睨んだ。
初めて見せた、素の浜岡だ。今度は、私が「先生」の作り笑顔で、余裕があるような振りをした。しかし、そんな私の笑顔を浜岡は意に介さない。
「今、ここで死んだら、島田先生はクビになりますか」
浜岡は、そう言って、両腕で自分で自分の首をグッと締めた。その手にはかなり力が入っていて、その顔はすぐに赤くなった。
人はそう簡単に自分で自分の首を絞めることなんかできない。それは分かっていたけれど、私は焦った。
止めなきゃ! どう止める? 非常ベルを鳴らして、人を集める、とパッと思い付く。それは子供が危険な行為に出た時のマニュアル通りの行動。
でも、私はそれをせず、慌ててない振りをして、グッと顔を浜岡に近付けた。
あと数センチでキスできるくらいに。
浜岡はそれに驚いて、体を後ろに下げ、その動きのせいでバランスを崩し、首から手が離れた。
「施設では、良い子、にするんでしょ」
私は、さらに顔を近付けて駄目押しする。
浜岡は怖気付くように赤い顔のまま後ずさった。どうやら、首を絞める気はなくなったみたいだ。「ちゃんと座りなさい」と言ってやり、私たちは、元の距離、机を挟んでの面接の形に戻った。
自分でも、自分がなぜこんな止め方をしたのか、理解できず、内心では混乱している。でも、それを顔に出さない。主導権は私が持たなければ。
さておき、近くで見ると、殊更に浜岡の顔は整って見えた。
浜岡は、椅子に腰掛けると、自分で自分を落ち着かせたいのか、口に両手の拳を当てて深く息をした。
また、拳には震えるほど力が入っていた。いや、本当に震えていたのかもしれない。
ふーふーと息の音がしていたのが、不意にそれが止まったので、どうしたのかと思い、顔を覗き込むと、目にいっぱい涙を溜めていた。長いまつ毛がパタリと落ちて、瞬きをすると
ぽた、ぽた。と机に水滴が落ちた。
その水滴が宝石のように綺麗だと思った私は、浜岡にティッシュペーパーを渡してやることができず、宝石が落ちて液体になるのをしばらく見詰めていた。
見惚れていた。
見惚れていた
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