7 ご紹介します。義姉になる女の子です。

「なななっ……!!?」

「篠乃枝桜ですっ、急にお邪魔してしまってごめんなさいね?」


 篠乃枝さんは完全に妹攻略モードに存在を切り替えて来た。


「ど、どういうことなのかな兄様!?」

「兄様ってどういうことなのかな妹様」

「実は今晩は私の家も母の帰りが遅く、夕食をまだ済ませてなかったものですから『だったら一緒にどうだ?』とお兄様に誘われたんです。そこでご厚意に甘えさせていただこうかと……。素晴らしいお兄さんをお持ちですね? ……お邪魔だったかしら?」

「おっ……おじゃまでっ……おじゃまでっ……すけどっ……けどっ……!!」

「けど……?」

「おにぃのバカー!!!」

「おー……」


 漫画かアニメでしか聞いたことのないようなセリフとともに台所に引っ込んでいく妹。きっと料理の途中だったんだろう。奥の方から包丁のけたたましい音色が聞こえてくる。


 包丁の、けたたましい……?


 なにか恐ろしいことが起きているような気がしないでもないが、気にしない。

 世の中、大抵のことは杞憂で終わるのだ。終わらせることができるのだ……!


「……大概、意地が悪いですよね、篠乃枝さんも」

「どういうことかしら?」

「さぁ?」


 妹の性格を見抜いてなのか、兄を立てられては断れれないと踏んでのこの振る舞い。

 攻略というよりも踏破。有無をうわせぬ侵略速度。


「その切れ味があればもっと上手い具合に解決できたんじゃ……」

「……本当に何のことを言ってるの君」

「……さぁ……?」


 変にズレてるのが篠乃枝さんらしいといえばそうなのだけど。ここまで生きるのが不器用だと逆に他の意図を疑ってしまう。もしかしてうまく手のひらの上で転がされてるトカとか? やー、そうだったらそれはそれで面白いけど、たぶんないだろうなぁ……篠乃枝さんだし。


「……お母様と……三人で暮らしているの?」

「どうして?」

「なんとなく……靴の数とか、そういうので……」

「まぁね」

「……」


 どこにでもあるような一軒家。空き家になっていたものを母が購入したらしい。僕がまだ幼かった頃。妹がまだ“ただのお兄ちゃん大好きっ子”だった頃の話だ。

 物心ついた頃から父親はいなかったし、どうなったのかも聞くつもりはなかった。

 父親がいないことが普通だったし、いなくて困ることもなかったから。


「そういう篠乃枝さんは?」

「両親に加えて兄がいるわ。……夕食の時に揃うなんてことは滅多にないのだけれど……」

「ふーん」


 興味は、……ない。うん。ない。篠乃枝さんの家庭事情なんてどうでもいいや。僕個人が興味を示しているのは彼女個人だから。


 おお、なんか情熱的なセリフだぞ?


「ほら、いこ」

「ええ」


 リビングに案内し、扉を開けると台所から漏れてきたであろうおいしそうなカレーの匂いが漂っていた。

 既にテーブルにはサラダ類が置かれ、バタバタと取り分け用の皿を妹が運んでくる。


「ご一緒することになるなら先に連絡してくれてもよかったのに……!」

「あはは、ごめんごめん」

「むぅ……」


 拗ねながらも支度をしてくれるのは本当に良い妹だとは思う。

 睡眠薬を盛られないように決して先に席にはつけないのが欠点ではあるけれど。


「ま、いいけどさ……!」


 ツンデレか。外面だけなら十二分に可愛い妹に癒されながら篠乃枝さんに席を勧める。


「僕は自分の部屋に荷物置いてくるからさ、くつろいでてよ」

「……わかりました」


 簡単に脱いだ帽子を握り、なんとなしに辺りを見回していた。

 そんなに珍しいものもないだろうに。それとも友達自体が少ないんだろうか。やっぱり。

 お友達のお家に遊びに来たのが初めてとか、そういう類? ……聞いたらぶん殴られそう。

 篠乃枝さんが椅子に座るのを確認して自分の部屋に向かうことにする。教科書が入ったカバンはそれなりに重さがある。


「何かあったら悲鳴上げればいいから」

「いろいろややこしい事になりそうですけど、平気ですか」

「殺人事件に発展するよりマシだよ」


 遊びに来た家で殺されるってのも酷い話だけど。

 ていうか、力づくになった場合、台所の道具を知り尽くしている妹と馬鹿力を秘めている篠乃枝さん、どっちが強いんだろう。異種格闘技的な何かを感じるぜ……。


「っと……」


 部屋を出る前にテーブルの上の怪しそうな薬は回収回収。


 何処でこんなものを手に入れてくるのかわからないけれど、捨てても捨てても湧いて出てくるあたりネコ型ロボットの便利な道具を思い浮かべる。あいつの資金源はいったいどこだ。


 瓶を回収したところで僕がいない間に妹が何かを盛る可能性もなきにしもあらずだけど、一応そこは篠乃枝さんを信じよう。妹が怪しいそぶりを見せたら止めていただきたい。一応、友人として。知人として、秘密を共有する仲間として。


 ……言っていて、実際のところ僕と篠乃枝さんの関係が曖昧すぎることにクラクラきた。

 殆ど一方的な想いの丈だったけれど、こうして家に来てくれるあたり少しはバランスは傾いてるんだろうか。女心はわからないけど。

 と、階段を上しながら携帯を見るとメールが入っていた。


「あー……やっぱりか」


 差出人はご存知噂の秋堂さんだ。


 一体全体何処でこのメールアドレスを入手したのかはわからないけど、顔文字をふんだんに使ったメールが表示されている。まるで携帯を使いなれてないお父さんから娘に送られる勘違いメールみたいだ。うざキモって吐き捨てられる部類の。……かわいそうだなお父さん。


「さてはてどーしたものかなぁ……?」


 恐らく僕らが誘いに乗ってこない事を確認した直後に送ったんだろう。

 国家権力の情報収集力に驚きつつ、やはりプライバシーの侵害なのではと危惧する。


 もしかするとどこかのタイミングで携帯を盗まれ、アドレスを見られた可能性もあるのだけど、まったく気がつかなかった。ていうか、そんなことに超人的な身体能力を使わないで頂きたい。せこいなまったく。


「ふーむ……」


 自室にカバンを投げて着替えることはなく、窓から月を見上げる。

 狼男が変身するには丁度良い夜だ。雲が時折かかっては光が遮られ、それが陰影を操っていた。そして刻まれる時計の針は時間の経過を静かに教えてくれる。


 正直秋堂さんに関してはどうにかしておかないといけないと思ってる。篠乃枝さんはああ言っていたけど、あの手この手で仕掛けてくることだろう。そうなれば彼女の身に危険が及ぶ。


「……はぁ」


 脳裏に浮かぶはさっちゃんの生首と絶望したタケルくんの顔。

 彼は妹を守るために殺人を犯し続けたわけだけど、ここで僕も秋堂さんに同じことをしようとしている。案外人間て短絡的で単純なのかもしれない。


 いや、あんな化け物を利用するわけでもなく、守ろうとするあたりネジが2、3本取れていることを認めざる得ないのだけど。


 そうこうしているうちに下からは妹と篠乃枝さんの談笑する様子が聞こえてきた。

 思った以上に意気投合しているらしい。女の子には女の子の付き合い方があるのかもなぁ。


 自分にしか懐かないと思っていた妹が尻尾を振る様は少し寂しいけれど。


「兄離れと喜びましょう?」


 一応、護身用の凶器とかは色々揃っていた。殆どが、っていうか全部僕に危害を加えようとする妹から没収したものだけれど到底あの人間離れした動きについていけるとは思えず、有効的なものとは思えない。


 なら、どうしたものか……。


 もう一度メールの画面を確認し、あの姿からは想像もつかない文面に肩を落とす。メンドクサイ。こんな連絡もらっても全然嬉しくない。ときめかない。


 ふらふらふらふらと軸が揺れ、揶揄うように告げる口調。

 待っていますと言われても正直困った困った。


「……ん?」


 ふと、そんな秋堂さんのことを思い出し頭に浮かんがことがある。それはもしかすると起死回生の一手になるかもしれない。


「ま、行ってみるしかないかな」


 確証はないし確信するにはちょっとどうかと思うけど、篠乃枝さんが絡んでいるのなら仕方ない。結局あーだこーだ考えながら向かうことにななるんだろうし。例えこの感情が恋愛に順するソレとは違うと言っても、今の生活の中心に彼女がいることは間違いなく、ボーイミーツガールの主役はやっぱり男の子が張った方がかっこいいだろう。


 なんて、実益を兼ねない言い訳でしかないのだけど。


「……いきますかっ」


 足音を殺して家を出ると夜の空気は澄みわたって感じられた。

 薄暗く先は見えないけれど、世界は広がっている。

 その感触だけを頼りにさらにもう一歩、足を踏み出していこう。

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