4 愛ゆえに巡り逢い、妹。
◯
駅前は騒がしい。
突然大通りから二、三本奥に入った道で爆発が起きたらしいと持ちきりで、現に屋根の向こう側から煙が上がっている。
僕たちが駆けつけた時には消防も到着しており、消火活動が行われているようだった。
「……移動したみたいだね」
落ち着いて情報分析を行う。
野次馬が辺りにあふれ、中には同じ学校の制服もちらほら混じり始めている。もしも篠乃枝さんといるところを発見されれば、明日の話題に突然の爆発とセットで僕たちのことが取り上げられそうだ。
「急ぎましょう」
「何処へっ」
「人気のないところよ!」
人混みを掻き分け、その場を離れる背中を追うけれどまだ7時だ。帰宅ラッシュも始まろうかという頃合いに人気のない場所なんて――。
「あ……、あるか」
なんとなく一箇所だけ思い当たる節があった。
それは彼女も同意見らしく、向かう先を変える必要はない。
「なんていうか……まぁ……、ほんとヒトゴロシに縁のある街だこって」
嬉しくない縁だ。町おこしにもならないだろう。殺人件数ナンバーワン。人が逃げるわ。
「街中を歩いているだけで不思議な事件に巻き込まれるってんならミステリー研究会にでもっ……?!」
ぐいっと腕を引っ張られた。
正しくは強引に手首を掴まれ、そのまま抱きしめられる。
「……あー……うえー……?」
「みーっつけた」
「……見つけられちゃったかぁ……はははー……」
甘い言葉に対し苦笑いで返す。
何もこんなクソ忙しい時に出くわす必要はないと思うのだけど、運命の神様は唐突で何の脈絡も用意しないままに弄んでくる。
そう、
「おにーっちゃん?」
――妹君のご登場だ。
「えへへ……」
もしも、この世界の中で会いたくない相手は誰か? と聞かれれば、真っ先に自分の妹の名前を挙げることだろう。そんなことを言えば全くのギャグとしか受け取ってもらえないだろうけど、僕にとっては大マジで、これがどうして僕の妹は頭のネジが一本や二本どころか、そもそも絞めるべきネジが存在していないような奴なのだ。
仮に篠乃枝さんと知り合うことなく、殺人鬼は一体誰なのか? という話になれば間違いなく筆頭候補として「うちの妹」がでてくる程度にはイカれてる。最高にロックな妹だ。
「ねー、にーにー? 気持ちよくしてあげよっか?」
深夜の自室。誰かが覆いかぶさった感触に目を覚まし、そんな言葉をかけられれば誰でも甘ったるい、禁断の関係性を思わせるかもしれないけれど、僕が思うは命の危機だ。
その手にはTシャツを引き裂いて作ったロープ代わりの謎の物体。間違いなく拉致誘拐のワンシーンか、そのまま首を絞めてゴキュっな展開だ。
嬉しくない。非常に嬉しくはない。
そういった特殊性壁をお持ちの方々にとっては理想的なシチュエーションなのかもしれないけど、僕はごく一般的なお兄ちゃんとしてそういったことは一切求めていないし、妹君の行き過ぎたスキンシップには時折頭を悩ませているほどだ。
僕はよき兄でありたいというのにこの妹は、いやはや、愛くるしいものである。
「いえいえまゆゆ? にーにはまゆゆを抱きしめるほうが気持ちよくなれるんだぜ?」
「んぎゅーっ!!」
はい、緊急回避成功。
妹思いの兄は首を絞められることはなく、胴体を締め付けられるだけで許されましたとさ、ちゃんちゃん。
勘違いして欲しくないのだけれど、頭のネジの一本や二本取れていたり、ネジが存在しなかったとしてもそれはやっぱり妹なのだ。血のつながりがあり、切っても切れない関係性を生まれた時から持っている。そんな相手であり、やっぱりそんな妹を僕は嫌いにはなれない。
そして妹も、だ。
僕のことをいろんな意味で「昇天」させようとしてくる妹だけれど、ちょっと愛情表現がおかしいだけで兄思いのいい妹だったりする。
いい妹すぎて時々涙が出る。もう少しマトモな妹なら退屈な日々を送れただろうに。
「で、にーちゃんっ、どーしたの!? どこいくの!?」
「訳あって旅に……」
「やぁーっだぁーっ!! わたしもいくぅうーっ!!」
「そーだねぇ……(棒」
構ってやる時間がもったいない。妹のことは嫌いじゃないのだけど、今は妹よりも篠乃枝さんだ。自慢じゃないけど、妹以外の人間に興味を持ったのは初めてなんだぞ?
……ヤバい、全然自慢できるような話じゃなかった。
「……何してるんです、おいて行きますよ」
――ほらぁ、ぐずぐずしてたら不機嫌そうな人が戻ってきたー。
「あなたことなんなんですか! 彼女ですか!? 恋人ですか!? 認めせんよ!?」
「はぁ……?」
いや、そんな目で僕を見られても困ります。僕だって困ってるんですから、なんなら僕を置いて一人で向かってもらって結構です。ラブコメ展開は期待してません、はい。
「妹ですよ、妹。兄離れのできない妹さんです」
「妹です!!」
「頭痛の種って増えるのね……蒔いたのは誰なのかしら……」
誰でしょう、父でしょうか(下ネタ)。
とりあえず妹よ。兄はそれなりに忙しいんだ。甘えるのは後にしてくれないか。
「なによ! ちょっとばかりかわいいからって兄を誘惑しないでくださいます!?」
「していないんですけど……」
どっちかっていうと付きまとっているのは僕ですし。
ていうか、この状況をクラスメイトにでも見られたら――、ぁ、やばい、あそこにいる奴みたことある。うちのクラスに友達いるやつじゃないか。こりゃ完全に捕捉されたな。学校のサボりに続き、美少女(一応認めています、兄馬鹿です)二人に挟まれてのドタバタ恋愛ストーリーとか望んでないぞ僕は。
……いや本当に。
「あのね妹さん? 私たちちょっと急いでいるの。お兄さんを離してもらっていいかしら」
ちなみに説明が抜けていたけど今もずっと妹は僕に抱きついてる。ぎゅーっ。ラブラブカップルだ。
「嫌です! 貴方のような人に兄を渡したら兄はきっとメロメロになってしまいますから!」
「はぁ……?」
「えっへん!」
さすが妹。兄の好みをよくわかってる。そして分もわきまえてる妹である。妹も妹でそれなりに可愛い部類ではあるけれど、子供っぽい面もある。性格的な意味合いではなく、表情であったり体の構造であったり。残念ながら篠乃枝さんとは勝負にならない。勝てない勝負はしないのはとてもいいことだぞ、うん。孫子もそう言ってたしな。
「さて……」
こうなると本当にどうしたものか。妹を連れてはいけない。普通に危険だ。
電柱に隠れるにしても人一人分ぐらいしか入れないだろうし置いて行きたい。
「まゆ。ちょっといいかな」
「説得の余地はありませぬ!」
「なくてもお話聞いてもらえる?」
「了解です!」
時間がないので篠乃枝さんの呆れ顔は省略。いつも通りです。
「今夜はカレーが食べたい気分なんだ」
「一晩寝かせると美味しいね!」
よし、チョイスを間違った。
「いや、僕の言っているのはまゆゆの作った愛情たっぷりカレーのことさ」
笑顔で歯が浮きそうな言葉を並べる。
歯が浮くってなんだ。浮きはしないだろ、浮きは。
「どうだ? 久しぶりに作ってくれないかな?」
きらーんっ。……あ、浮いた。浮いたなな歯茎。あんまりにもむず痒い発言過ぎて笑顔が不思議な形になってる。
「よし任せろにーに! 私が美味しいカレー作ってやるぞ!」
「うんうん、その粋だ。できれば隣町のデパートで売ってるカレーのルーがいいな」
「わかった! お母さん、確か唐揚げ用意してたけど別にいいよねっ?」
あーそっか、今夜は唐揚げの予定だったのかー……。そっちの方が好きだなぁ、ぼく……。
「……完全にチョイスを間違えたよ」
けれど走り去る妹の背中を見てほっと一息。うまくいったようだ。
「選択ならいろんなところで間違えてるとは思いますけどね」
「何のことかわかんないな」
「そうですか」
そんな言葉をかわしつつ僕たちも先を急ぐ。ここで妹に出会ったのは偶然だったけどちょっとした収穫もあった。なによりも篠乃枝さんが待っててくれるとは意外だった。
僕のことよりも兄妹の方が大事だろうに、なんなんだろう。
「あー……、ただの天然って可能性もあるのか……」
恐るべし篠乃枝さん。
至る疑問を「天然」で片付けられるなんてミステリー小説のリーサルウエポンじゃないか。
「妹さんは天然っていうよりも深刻な心の病とか抱えていそうですよ」
「……いや、それを君が言うか君が」
「…………」
自覚はあるのか返事はなかった。とりあえず黙って揺れる髪の後ろを追いかける。
そもそもの身体能力の差があるとは思うのだけど、ペースを合わせてくれているのか普通に息が上がる程度のペースで街中をジョギングしていく。
いっそのことプライドとかないからおんぶに抱っこで屋根の上をぴょーっんぴょーっんて飛び越えていく形でも構わないんだけどなぁ……?
そんな提案できるはずもなく、静かに僕は追いかけた。
それにしても、今から向かって間に合うんだろうか……?
駅前での騒動の後、あそこから移動する必要があったということはやっぱり致命的な力の差があるんじゃないだろうか。
そもそも「そういうことの対処」にたった一人で挑む時点で力の関係は示されている気がする。
もしものときの二人組。一人が死傷しても一人が情報を持ち帰れば無駄死にはならない。
一人で行動するのは確実に「生還できる」という条件がある場合、もしくは「生還する必要がない」場合だとはおもうのだけど……。
「あの人は生きてるだけで迷惑かけそうだもんなぁ……」
人の死を望むのは良くないことだけれど、どうなんだろう。人に迷惑をかけすぎた人は殺されてもいいでんじゃないですか、いや、暴論だなこれは。
「ごちゃごちゃ考えているようですけど、ここから先はきっと地獄です」
「……」
「目の前の現実から目を背けないことですね」
「……わかったよ、せいぜい見届けよう」
これは多分、篠乃枝さんなりの優しさだったのかもしれない。
彼女は僕もまた「ああいうことができる特異体質」だと思い込んでいるわけだし、「そういう機関」に目をつけられるとひどい目にあうんだぞー的な。
……完全に杞憂だし、無駄な配慮ではあるんだけどね。
余計なお世話、大きなお節介。とは言わないけど、その優しさは弱さに繋がるんじゃないかな篠乃枝さん?
前を走る背中はやはり小さい。
いくら巨大化し、殺人鬼を握りつぶしたとはいえ、やっぱりただの女の子だった。
「無理してんなー、ほんと……」
もうじき河川敷に出る。そうしたらやっぱり彼女は無理をするんだろうか。
その言葉は目の前に飛び出してきた大きな影によって遮られた。
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