2 出会いが出会いを呼んで


「家出するにしてももう少し計画性を持った方がいいんじゃないかなぁ……?」


 1日ぶりの登校。校門前で引き返した姿はクラスメイトに目撃されており、それも女子と一緒にどこかへ消えたという話だから友人たちには根掘り葉掘りあーだこーだと散々の質問を受けた。無論、話せることなどあるはずもなく、曖昧に笑ってごまかしたのだけど――、


「えーっと……、タケルくんとさっちゃんだっけ?」


 想定外の出来事というものは割と次から次へと襲ってくる。


「お兄ちゃん、誰」

「青山湊。桜さんの友達だよ?」

「……ちは……」

「こんにちは?」


 夕暮れ時の某公園。今日も猫に囲まれている篠乃枝さんが見れるかと思いきや、猫で暖を取っていたのは例の兄妹だった。小さなリュックを二つ地面に置いて、ベンチに腰掛け、二人仲睦まじく家出の真っ最中だ。


「桜さん、呼ぶ?」

「いい……」

「そっか?」


 本来ならしれっとメールの一通でも出しておいてあげるべきなんだろうけど、この二人の問題だろうしなぁ……。篠乃枝さんは色々首を突っ込みすぎてる面もあるからほどほどにしないと。ほどほどに。


「ずっと気になってたんだけど、警察には連絡したの?」

「……」

「そっか?」


 少しだけ、タケルくんの肩が跳ねた。

 イタズラを指摘され、これから叱られることが分かってしまった子供のように。

 いや、子供だけど。


「どうして?」

「……さちと……離れ離れになっちゃうから……」

「そうとも限らないよ。それに二人は固い絆で結ばれている! 違う?」

「……わかんない……」


 わかんないよねー、そーだよねー……? 子供相手に茶化した話は通じないらしい。まぁ仕方ない。そういう話は大きくなってからしませう?


「さてと、どーしたものか……」


 話し相手を必要としているわけでもないならここでする話は特にない。


 先にもいったけどこの二人の問題はあくまでも二人の問題なわけだし、所詮外野でしかない僕が下手に口を出してかき回すよりも当人たちに任せてしまった方がいいだろう。だったらこのまま帰るか……?


 いや、それもどうだろう。関係ないとはいえ家出している子供を放置しておくだなんだなんて善良なる一般市民に許されざる行為。できることならもう少し暖の取れる場所を勧めてあげたい。篠乃枝さんの自宅とか。それだと結局連絡することになっちゃうけど。


「なにか必要なものとかある? 通りかかったからには素通りするのも気がひけるんだけど」

「……ない」

「そっか?」


 愛想の欠片もないなタケルくん。篠乃枝さんには笑顔だったから好き嫌いの違いだとは思うけど、それだと将来絶対苦労するぞ? ……将来を迎えられたらだけど。このままだと明日の朝を迎えるのすら苦労しそうだし。春といえども夜は冷えるからな。


「そんじゃま、僕は帰るけど」


 ふと視線の端で猫の髭が揺れるのが見えた。そして走って消えてく。


「……危ない人には気をつけてね」


 神出鬼没。

 やっぱりその文字がまんま似合う人だ。


「これはこれは、奇遇です。よく会いますねぇ」


 秋堂元。案の定その人はここに現れた。


「……男の人相手にフラグ立てても嬉しくないんですけど」

「いやぁ、私の読んでる“ドキッ!青春グラフィティ!”にも同じセリフがありましたね」

「僕も読んでますから」

「なるほど」


 さてはて、コートの裾がバタバタ揺れる。吹く風が生ぬるく感じるのは気候のせいとかじゃなくてきっとこの人の持つ変なオーラのせいなんだろうなぁ……。


「もしかして僕に用事ですか?」

「いえ、奇遇っていいませんでした?」

「なるほどそういえば、そうでした」


 篠乃枝さんといいこの人といい、もっとアイデンティティーを確立させて欲しい。口調がにすぎててややこしい。ふらふら軸がぶれすぎなんだよ、ほんと。


「森屋タケルくん? 森屋サチさん?」


 ぴくり、と今度は猫ではなくタケルくんのアホ毛が揺れた。


「君たちのご両親の死体が見つかりましたよ?」


 その報告は夏の夜を思わせる、不気味な春風と共に吹き抜けていった。


「…………」


 沈黙。ニコニコと作り笑顔を浮かべる秋堂に対し、タケルくんはただ俯いて静かに妹の手を握っていた。


「今朝方異臭がすると近隣の方から通報があり、警察が駆けつけたところ死体が発見。死後数日経過しており、腐敗が進んでいたそうです。近所ではお二人が生活している姿も目撃されていますし、二人が“あんな姿”になっているのに気がつかない何てことはありませんよねェ?」


 いやいるけどね、死体があっても気がつかない人。

 踏みつけでもしないと死体すら素通りしてしまいそうな人。



「……お二人を殺したのはどっちですか?」



 三日月が笑った。


「っ……?」


 そしてコートが音もなく貫かれ、遅れて破裂音が耳に届く。


「おっ……?」


 傍を過ぎ去っているものがある。

 振り返ればそれは何てことはない髪の毛の束の一つで、その束は手を握られている妹のさっちゃんから放たれていた。


「はははっ、さながらメデューサですな」


 ばさりと、地面に落ちる前のコートを回収し、宙を待っていた秋堂元は着地する。

 貫かれる一瞬で避けたらしい。


「コートに大穴。こんにちは?」


 観光名所で見かける顔を出す看板のようにコートから顔を覗かせておちょくると逆光の夕日で僕らを照らす。


「森屋サチ、以前から観察対象ではありましたが今回の事件によって殺処分対象へとレベルを引き上げー……執行人、秋堂元の確認の元、処分確定とさせていただきますぅー」


 かきかきかきと手元の書類にボールペンで記入し、文字の書かれた面をこちらに翻す。


「ということで、ごめんなさいね? あなたの人生オシマイデス」

「――――サチ!!」


 タケルくんが跳ねた。と同時にベンチが大きく叩きつけられ、地面に跳ね返って宙へと投げ出される。固定に使われていたコンクリートは大きく音を立て木に衝突し、昼寝をしていた猫は悲鳴も上げずに走り出した。


「おっ、いいですね」


 ベキベキと遅れてきた音と共に秋堂が笑う。一瞬で距離を詰め放たれた蹴りがベンチを踏み潰し、跳ね上げていた。そのまま木の破片を諸共せずに体を翻して一線、逃げた先のさっちゃんを手刀が襲う。


「おにぃちゃん――……、」

「お?」


 そしてさっちゃんの髪の毛によって絡みとられれた。

 一瞬膠着する三人の影。


「……ぼきっ」


 そして僕の効果音とともに手首が折られた。


「ぬっ」


 悲鳴ではなく驚きの言葉をこぼした秋堂はそのまま髪の腕によって投げ飛ばされ、滑り台に鈍い音を立ててぶつかる。衝撃で傾いてしまった滑り台はしばらく使い物になりそうもない。


 髪の毛うじゃうじゃの妹さんと、それを抱きかかえるお兄ちゃん。


 わー、すごいな。びっくり人間ショーもここまでくればまさしくファンタジーだ。ライトノベルにしてももう少し捻った発想を希望したい。


「……お?」


 ひゅんっとメデューサさんの髪が僕の頬を切り裂く。


「おー……」


 少しずれていたらコートのように僕の顔にも大穴が開いていたところだ。


「……ん?」


 狙いの外れたさっちゃんは首をかしげ、自分の髪を抑える手に目をやる。 

 止めてくれたのはタケルくんだった。僅かに妹の手を引き、起動をずらしてくれた。


「……そ、そーそー、僕は敵じゃない。おーけー……?」


 どうやら短い交流だったけど僕の関心が彼らにないことは伝わっていたようだ。


「……行こう」


 そのまま手をつないで二人は公園の外へと向かう。うねうね髪の隙間から寂しそうな瞳が見えた気がしたけど、特に話しかけることもなく僕はそれを見送った。余計な言葉は命取りになりかねない。


「はー、びっくりどっきり、驚いちゃった」


 張り付いた緊張を解すように笑って誤魔化す。

 そうやって初めて頬を汗が伝い落ちて来て、ようやく全身の緊張が取れた。

 それなりにピンチだったな今のは……。


 夕日は少しずつ沈み始めていた。公園を紅く染め上げているのは残念ながら血ではなく夕日だ。演出効果はばっちしだけど。そんな中、


「ぬふふ……ぬふふふふっ、ぬふっ」


 そんな血だまりの中で気絶している人が笑っていた。


「……おー……」


 気付きたくなかったけどさっきから笑っている人がいた。


「ぬふふぅっ」

「あー……」


 なんなら気がつかないふりをしたほうがよかったのかもしれないけど、僕が気づいたのをいいことに本人はこれでもかと自己主張して笑って見せる。ぬふふっぬふふふぅっとまさにわざとらしさのカケラしかない。もう一度言う。気づきたくなかった。


「あー、あー……秋堂さん?」


 気づかないふりをしておけばよかったとこれほどに思ったことはない。街中で怪しい人を見かけたら話しかけることなく、スルーする勇気も必要だ。いちいち取り合っていたのでは命がいくつあっても足りない。


「最高ゥですッ!! 最高デッス!!」

「…………」


 最高ですかーそうですかー。


 胸元から取り出した書類に一心不乱に記入を始める秋堂さん。

 どうやらあれはさっきの処分に関する書類っぽいけど……。


「あー、楽しいっ!! これだからやめられない!」

「はぁ……?」

「見ました!? うねうねですよ! うねうね!! おめでたい!!」


 めでたいの……? 新人類覚醒おめでとう的な? 新しい可能性の発見、人類が次の次元にシフトすることを推奨する新興宗教の方みたいな……?


「ぐぐぐぅーっぐぅんっ!!」

「……はぁ……」


 なにやら一人楽しそうなのでとりあえず僕はこの公園を後にする。一心不乱に書類に何か書いてるけど、多分あれは上への報告書とかそういうものなんだろ。仕事熱心だなー。


 ……よし、帰ろう。これ以上面倒なことに巻き込まれたくはないし。


「……あれ?」


 そういえば、と足を止めた。


「一つ聞いてもいいですか、秋堂さん」

「はい、なんでしょう?」


 ふらりと傾いた滑り台から立ち上がった彼は書類をポケットにしまいながら微笑みかける。場所を正せば市役所の受付窓口みたいな笑顔だ。……こんな人が受付だったら嫌だけど。


「秋堂さんって元々は誰の捜査でここにきてるんです?」

「……んぅ? 誰の捜査でしょう……?」

「…………」


 とぼけた。甘い笑顔を無理やり作って楽しそうにとぼけた。

 いや、心底楽しいんだろうなぁこの人は。生き生きしてるもの。なんだか。


「君はー……あぁ……あの子のご友人」


 あれ、そこからですか。今更になって僕の存在を認識ですか。

 ……ていうか、さっき普通に話してなかったっけ。普通に大丈夫か頭の構造。


「あの女の子、不思議な人物なんですねぇ」

「はい」


 不思議すぎて最近どう接すればいいのかわからなくなりつつあります。


「誰の捜査で来ているか、ということに関しては守秘義務が絡んできますのでご了承ください? ですが一つ言えることは“ここでの出来事も内密にお願いします”デス。もちろん、ご友人にもね?」

「言うつもりはありませんよ、大丈夫です」

「そうですか」


 ニッコリ。


 この人はあの兄妹を追うだろうし、そのことを知ればお節介お姉さんな篠乃枝さんはこの男を止めようとするだろう。


 だけどそれはあんまり本意じゃない。秋堂元、どこかの組織から派遣された「化け物退治」だとすればその人を「化け物」である彼女に近づけるのは得策ではなく、また、彼女が「処理」されてしまうのは僕としても悲しい。


 折角仲良くなれたのに。


「君はあの兄妹の知り合いなのかな?」


 肯定でもしようものなら人質にしてやらんとばかりの圧力。

 肯定したくてもできないから平気だけど。


「いいえ、篠乃枝さんの知り合いですよ。僕は後ろについて回るだけですから」

「なるほど」


 納得していただけて何より。話は済んだとでも言いたげに僕を追い越して秋堂元は公園の出口へと向かった。


「本来の捜査対象が誰なのかは知りませんけど、安心してください。彼女は人を殺せるような人間じゃありませんから」

「ほぅ?」

「心優しいヒロインですよ、彼女は」

「参考にさせてもらおう」


 コートの裾は春風にはためく。

 つくづく季節感のない背中だなぁ……。


「さてはて、どうしたものか」


 この街にはヒトゴロシが住んでいた。

 善良なる一般市民を殺め、ただの肉塊へと変えてしまう変質者が。

 その変質者に釣られるようにしてもっと変な男がやってきた。


 彼の名前は秋堂元。

 ストーカー予備軍で少年少女に手を出そうとする危険な男だ。


 その危険な男は二人の兄妹だけではなく、いたいけな心に闇を抱える美少女にまで手を出そうとしている。否、唾をつけようとしている。隙あらば彼女に手を出し、弄ぶ卑劣な存在だ。


 ただ、あくまでも彼の目的はヒトゴロシの捜索であり、その殺処分だ。放っておいても問題は無い。


 ……問題はないけど。


「……篠乃枝さんは悲しむんだろうなぁ……、あの二人が処理されちゃったら」


 あのメガネの瞳はどういう感情を浮かべるだろう。

 どんな言葉を零すのだろう。


 それはそれで見てみたい気もするけれど、知っていて黙っていたとなれば流石の彼女も怒るやもしてない。天然さんなので気づかない可能性も無きにしも非ず。賭けに出るには少し部が悪いか……?


「どっちにせよ篠乃枝さんを見て決めようかなぁ……」


 あーだこーだ考えるよりも直感を大切にしたほうがいいときもある。

 そして今がその時だ。


「ちょうどお出ましのようだし」


 公園の入り口にはその「心優しいヒロイン」の姿があった。

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