〇2

1 被害者

○ 2

 

 私が、何かしただろうか。私が、誰かを傷付けただろうか。

 確かに職場で気に入らない新人を虐めたり、課長の事を禿げってバカにしたりはしてる。

 だけどそんなの皆やってるし、普通の事じゃない……?

 なのにどうして私がこんな目に……。


「っ……」


 普通に会社が終わって、普通に電車に乗って、普通に家に向かう途中だった。

 ただ今日は天気が悪くて、ただ今日は少し薄暗いなーとか人通りが少ないなとか、そんな風に思ったぐらいで後は全然いつも通りだった。


 なのに、なのに私はいま、


「ぃやっ……、たすけてぇ……」


 必死に、命乞いをしている。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 鼻息が荒く、目の前で吐き出される息はクサくて顔が歪む。

 いつもだったら思わず突き飛ばしてしまいそうなぐらいだけどそれも出来ない。それもさせてもらえない。


「ぁあッ……」


 べろりと頬を伝う気持ち悪い感触。被っているパーカーの向こう側ではぎょろりとした大きな目が血走っていた。


「お願いっ……」


 必死に祈った。

 必死に助けを求めた。

 誰かが通りかかってくれる事を。

 誰かが私を助けてくれる事を。


「――――」


 遠くから電車の走って来る音が聞こえる。

 プォン、という汽笛が聞こえる――。


 ――誰かッ……!!


 必死に心の中で叫んで、振り上げられた腕に目を瞑った。そうして――、


「ぁっ……あぁっ……」


 奇跡が、起きた。

 目の前にいた男が、何者かに思いっきり殴り飛ばされた。

 何が起きたのか分からなかったけど全身から力が抜けてそのままその場にへたり込んだ。

 突然現れた影は私を襲っていたそいつに近づいて――、


「――――…………!!!」


 すぐ後ろの壁に、叩き付けた。

 同時に、電車が上の鉄橋を走り抜けて行く。

 ガタンゴトン、ガタンゴトンという音に追い重なるようにしてお肉が潰れる音が響く。骨が砕かれる音が響き渡って行く。


「ひぃ……」


 どうして、私はすぐに気がつかなかったのだろう。

 どうして私はすぐに分からなかったのだろう。



 そいつが、人間じゃないってことに。



 大きな影となったソイツは男を潰し終えると私の方にやって来て、私を見下ろした。

 さっきの男と同じ、血走った目が、あの男よりも更に異質な瞳が、私を絡み取って悲鳴すら上げることができなかった。


 雲の切れ間から差し込んだ月明かりに照らされたその姿に私は――、


「                」


 声にならない悲鳴を、ようやく上げた。

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