3 ナンパとストーカー
――で、だ。
ココまで来るとナンパというかストーカーの類いか何かなんじゃと思ったりもするけれど、いまさら退くこともできず、とりあえず足を進める。
「最大公約数的な幸福の為なら、一人の不幸はなんとやら……」
僕は彼女の後をつけていた。
「…………」
田舎の地方都市。電車も30分に1本あるかないかの不便な街で快速だって止まりはしない。駅前にはアーケード通りが広がってはいるけれど、チェーン店に完全に敗北してしまっていて殆どの店が不動産収入でなりたっているような所だ。高齢化の進む現代。後継者がいないのであればそれもまた、正しい形なのかな――とは思うけど。
「……人通りが少ないのは厄介だなぁ……」
休日の昼前とは言うわりに閑散としている。ひったくりでも起きよう物なら逃走し放題、ついでに2、3人攫ってもバレないかも知れない。不審者にご用心と書かれた啓発ポスターが何とも嘆かわしい――。不審者どころか殺人者がいるからな、この街には。
付かず離れず。物陰に隠れると周囲の目が辛いのでギリギリ視認できる範囲で後ろを歩いていた。
地味な服装だけど、それ故に街中では見つけやすい。目に止まり辛いけど一度目に付いてしまえば見つけ出すのは簡単。矛盾しているようでしていない、不思議。
ナンパーではなくストーカーになってしまった僕だけれども、実際の所どうしてこんな事をしているのかとお巡りさんに聞かれたらちょっと答えに困る。一目惚れしてしまった相手を追いかけている、では真に迫りすぎているし本当にストーカーでご用心だ。友人に頼まれて後を……、ならちょっぴりいじらしい思春期の暴発として笑ってもらえるだろうか?
「んー……、不毛な時間な気もするけれど……」
あの日、あの公園で見かけた彼女の事が頭から剥がれなかった。というのは嘘じゃない。
あの日、あの時間、あのタイミングであの公園に居合わせ。そして“あの死体”に気付かない、だなんて事が有り得るんだろうか。
犯人だとしてもそれはあまりにも出来すぎている、というかあからさま過ぎて有り得ない。犯行現場に戻るにしてもそれはもっと後。警察が集まって黄色いビニールテープが張り巡らされる頃だろう。ならば、どうしてあの時彼女は死体に気がつかなかったのか。善良なるこの街の男子高校生は考える。自分の待ちの平和は自分で守るのだと息巻いて――、あ、これは嘘。
「っおっとと……、曲がったのか……」
ぶつくさ考えていたら見失いそうになった。何だかんだで探偵って大変なんだろうなぁ……。飽きてしまいそうだ。
「えーっと……、なんだっけ……」
角を曲がって遠くにグレーの帽子を視認してから再び思考を巡らせる。
確かに死体は茂みの奥に隠されていて、近づけば異臭もしたが公園の入り口――滑り台の付近ではそれも分からなかった。
ならばただ本当に彼女は注意力散漫で、気がついていないおっちょこちょいさんだったか。もしくはそれに気がつかない程に何かを考える事に夢中になっていたか――。
「……目の前の出来事を見逃す程真剣に……? 何を……?」
「…………あのですねぇ……?」
「…………ほう……ほうほう」
……なるほど。考え事をしていると色々見落としてしまうのは間違いないかもしれない。
すぐ目の前に彼女の顔があった。
「え、えーっと……、青山湊です」
「はい?」
「だからほら、自己紹介。まだだったでしょ? 僕は青山湊。君は?」
「……ささのえ――……ていうか、なについて来てんですか。変態ですか?」
あ、ストーカーじゃなくて変態だったのか。
「いえいえ、こんな人通りの多い場所で襲おうだなんて誰も思いませんよ」
人通り、皆無だけどね!
「……アンタさ、暇なのかバカなのかどっちなの」
「んー……、その二択なら暇かなぁ……? 一応家では妹に勉強教えたりしてるよ?」
これは本当。少々お兄ちゃん好きのドが過ぎている妹だけど。
「はぁ……、なんか頭痛くなって来た……」
「薬飲む? 何処かで休んでく? ホテルとか?」
「殴るよ?」
「じょーだんですっ」
とは言っても流石の田舎町。既に休めるようなお店は無くなって住宅街だし、そもそも目の前には街を流れる川だ。
「何処行くつもり?」
「それは教えないといけない事かしら」
「ほら、物騒な事件が多いからさ。気をつけなきゃ?」
午後の河川敷だなんて自ら襲って下さいって言ってるようなもんだ。散歩中の大型犬に。
「貴方の方が十二分に注意すべき対象だと思うのだけど……?」
「いえいえ、そんなことありませんよ?」
睨むような鋭い視線を笑顔で躱すと秋の心地良い風が吹き抜けて行った。ついでに心の中も颯爽と掃除していってくれればいいんだけど、生憎窓の鍵は壊れているし、とっ散らかっているのでまずは大掃除しなきゃならないだろう。大変大変。
「要件あるならさっさと言えば? 話は聞いてあげてるんだから」
おや……? この場合“聞いてもらっている”事になるのかな?
「君が気になっている――ではなくて?」
……だなんて事を言えば今度は蹴りの一つぐらい飛んで来そうなので割愛。素直にまっすぐ思いを伝えてみる。
「なんだか気になるんだよね、君の事」
「…………は?」
過去最大級の低音ボイス頂きましたー! まぁ、まだ出会ってそう時間も経ってないんだけど。ていうかいまのは完全にナンパになるな。わーお。
なんていう脳内トークで盛り上がりつつ(?)本題を切り出す。
「気になるっていうか、気にかかるって方がただしいかな? ねぇ、何か隠してない?」
四次元ポケットとか何処かから盗んだ国宝級のお宝とか。それ級の何かを。
「……初対面の貴方に隠すなと言う方が無茶な話でしょ」
「ふむ……、ごもっとも」
ぐうの音も出ないとはこの事で、正論過ぎる言い草に何とも返せない。困ったな、これでもそれなりに頑張ったつもりなんだけど取り付く島が見つからない。
「僕は君の事が心配だ、これでどうかな?」
「心配される筋合いはありません。――っていうかナンパならもう少し頭捻れば? そんなんで誰か落とせる訳?」
「落とされる子が居るとしたらその子の事も心配だよ……」
「そんな人いないから安心すると良いわ」
「それはよかった。君だけみてるよふぉーえばー」
「…………」
バカにしてるの、とでも言いたげな(言う事すら億劫だと言っている)視線を笑顔で受け止める。どうすればこの気持ちが伝わるのか四苦八苦。人とのお付き合いとはどうにも難しい物だなぁ……。
「じゃあさ、質問を変えよう」
「あそこから君をみている子達は知り合い?」
「…………?」
訝しげに、というか一瞬でも目を離した瞬間僕が襲いかかるとでも思っていそうな雰囲気で視線をずらしていく彼女――ささのえなんとかさん。勿論僕は何もしないし、何も出来ない。こんな白昼堂々犯行が行われるとすればそれはもう殺人鬼とか犯罪者の域を超えて、タダの狂人。人の思考の範囲を逸脱している。
「あ、目が合った」
指差した先。電柱の影に2つの影があった。
「…………タケル、サチ……」
少し前から気付いていたのだけど住宅街に入った所からいつの間にか尾行者が増えていた。彼らは2人組。人が一人隠れられるかどうかすら微妙な電信柱を2人で移動してた辺り素人以外の何物でもない。いや、あんな小さい子がプロフェッショナルだったらちょと焦るけど。
でなによりも二重尾行になっていた事すら気付いていないようでは探偵の風上にも置けない。やはりアマチュアか。
「ご、ごめんなさい。さくらおねーさん……」
見つかり、バツが悪そうに電柱の影から出て来たのは小学高学年になるかならないかというぐらいの小さな男の子と、その背中にすっぽり隠れてしまいそうな程に小さな女の子だった。
そんな二人を見て、
「はーっ……。どーしたの、こんな所で?」
さくらおねーさんの声のトーンが少し変わった。先程まで含まれていた刺々しさが一切抜け落ち、ふんわりと相手を包み込むような心地よい空気感。
「……ふーん……」
案外子供好きなのかもしれない。
つっけんどーに見えるツンデレで子供にデレデレみたいな。
「サチがお散歩したいっていうから……」
自分の背中に隠れる女の子(妹?)の背中を押して前に出そうとするが、恥ずかしがりやなのか兄(?)の背中から出ようとはしない。
俯きがちでちらちらとさくらさん(ささのえさくらさん?)の表情を伺っている。
そろそろこの部外者第三者に自己紹介して欲しいところだけど、完全に僕は無視して会話は進んで行く。流れ的には「このお兄ちゃんは?」とかなんないのか。
「そっか。……こんにちは、さっちゃん?」
「……ちは……」
小動物が小さく鳴いたような声。
やっぱり無視か。仕方がない。
一言言ってまたさっと兄の(恐らく確定)背中に隠れてしまった妹さん(こっちも確定)。人見知りなのか恥ずかしがり屋さんなのか。どっちでも同じ意味だった。
「お父さんとお母さんは?」
「……へいき」
「そっか。良い子だね」
目を細め、微笑みながら兄(タケル君)の頭を撫でるさくらさん。
どうやら面倒見の良いお姉さんのようだ。
「一緒にお散歩する?」
これは後ろに隠れているさっちゃん(妹さん)への気配り。1人だけに話しかけない辺り保育士さんの心得を会得していると見える。
少し表情が暗すぎる気もするけれど。一方、そんな心得が通用しているのかいないのか、さっちゃんはお兄ちゃんの後ろに隠れてしまって出てこない。
「……ぃ」
「……さくらさん見かけたから挨拶したかっただけだって」
「そっか」
「…………」
繰り広げられる午後の朗らな会話劇。微かに聞こえて来る川の音が心地よいけれど何処か異質な物を感じざる得ない。その原因を探ってみるけれど一向にそれは姿を現さなかった。
「じゃっ」
「っぁ……」
少年は大きく、少女は小さく手を振って住宅街の向こう側に駆けていく。恐らくは近所に住んでいる子なんだろう。角を曲がるまで見送った彼女の顔は少し暗かった。
「現代社会の闇だねぇ」
「……は?」
思ったことを口に出す。とても裕福そうな兄妹には見えなかった。そして境遇的にも。
「あの子達と仲良いの?」
「仲良いって程じゃない。ただここらへんでよく見かけるだけ」
「へー……?」
と横をすり抜けて子供達がとは別の方向に歩いていく彼女。少し道を戻ってか河川敷の方に出るつもりらしい。
「放っておくんだ?」
「……何を勘違いしているのかしら」
「別に。的外れならそれはそれで良いとは思うけどね」
「……ムカつく」
「どもどもっ」
否定はしない。ということはやっぱりそういうことかと1人で納得しておく。
追求は別にしなくても良いだろう。関係ないし。
「で、どちらへ?」
いまの僕の関心は彼女なのだ。子供たちじゃぁない。
「……しつこいわね、何でも良いでしょ?」
「ふむ……」
特に目的があって歩いている訳でも無さそうだった。
ただ何となくあっちこっち出歩いている。ありがち家に居づらいとかそんな感じか? あの子達とは似た者同士的な。類は友を呼ぶっていうからそれはそれで納得だけど、それにしてもちょっと違う気がするな。望んで自分から放浪してる感じ。追われてではなく。
「河川敷でひなたぼっこって気持ちいいと思わない?」
ちょうど住宅街を抜け、堤防を上った所で指差してみる。キラキラと光る水面が眩しく、少し離れた所をかかる橋を電車が駆け抜けていった。
「……そう言う気分じゃないから」
「そりゃそーだろうけどさ」
言って少し後ろを歩く。
無視されている訳ではなかった。全身から不機嫌ですというオーラが漂って来ているし、下手に近づけば悲鳴でもあげて人を呼ばれそうな雰囲気すらある。だってもう完全にこれ不審者だし。ナンパの「な」の時も知らなかった僕がこんな事になっているだなんて誰も想像できやしない。僕だってそうだ。どうしてこんな事になってるのか、人生って奴は奇妙なもんだな。
「――――」
ガタンゴトン、ガタンゴトン――と鉄橋の上を電車が走り抜けていく。そんな通過電車を待つ間に足を止めた彼女に近づき、思い切って腕をつかんだ。
「――――ッ……!?」
驚き、掴まれたことへの嫌悪感に歪んだ表情を尻目にそのまま腕を引き河川敷へと連れ込む。もつれる足を逆手にとって鉄橋の下へ。無理矢理に。力づくで押し込んだ。
「ちょ、ちょっと……!!?」
さすがに怒鳴られたけれど悲鳴はあげなかった。いや、あげられなかったって感じかな。
案外人って予想外の展開に弱いから。想定外の所をつかれると一瞬パニックに陥るし、虚をつかれると思考も止まる。いまのは完全に虚をついた部類。
「ッ……!! 離しなさいよ!!」
バッ、とそこで手を振りほどかれるけれどもう遅い。
僕の計画は達成されている。っていってもさっき思いついて即実行した幼いものだけれど。とにかく思い通りに物事が進みなんだが嬉しくなった。
「さて、ささのえさくらさん?」
少しだけ距離を開けて(否、彼女が一歩後ろにさがった)ぼくは彼女に笑顔を向ける。
「――アレ、見えますか?」
そしてさっきと同じように指を指す。
「あれって……?」
鉄橋の足下の部分。コンクリートの壁に描かれた地元の不良達の下手なトレードマーク。
「あれですよ」
そのトレードマークのちょっと横。横と言うよりも壁一面。大文字で「FUCKIN」と書かれていたであろうその文字を芸術的に塗りつぶしている赤々しい近代アート。
「――そこの死体、見えていますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます