2 ホットな珈琲にホットな話題
先日の公園で発見された死体についての報道は世間を賑わせていた。
閑静な住宅街、憩いの場で起きた殺人事件――。幼い子供が死体を発見しなくて幸いでしたね、なんてコメンテーターは話していて、暢気に片田舎の地方都市の事件をあれやこれやと語っていた。
「被害者二人の関係性は全く無い事から通り魔的な殺人と――」
「体は力任せに引き裂かれており、猟奇的な事件とみて間違いないでしょう」
「一体そんな事が出来る人がどのくらいいるんでしょうねぇ?」
「元格闘技家。数日前にゴリラが脱走したと言うニュースもありますし、もしかしたら関係性も――、」
ゴリラが容疑者にあがるあたりこのニュース番組は何処までバラエティなんだと呆れざる得なかったけれど、それなりに笑いは取れていたので番組的には成功だったんだろう。
警察の発表によれば対策本部を設置、本格的に捜査に乗り出すとの事だった。
なんせこれで死体は8人目、なのだから。
「こんなに被害者が出るまで放置していたってのも問題だと思うけどね」
仏頂面で耳を傾けてくれたいた彼女に話しを振るけど返事は無かった。
「最初の2人は別々の場所で、3人目以降は同じ場所で殺害されている。全員の関係性は“この街に住んでいる”という点以外一切無く、捜査は行き詰まっている――って事だけど、ここまでで意見は?」
返事が無いなら求めてしまえばいい。ってわけで手のひらを添えて尋ねてみる。勿論返答は無し。んー、トークってお互いの相互協力があってこそ成り立つものなんだな。はじめて知った。
「……そのお話が私とどう関係しているのかしら?」
困った所に助け舟。痺れを切らしたのか余裕を演出したいの分からないけど、思ってたよりも扱いやすいかもしれない。
「話の展開的に僕が何を言いたいかは大抵の読者なら気付くと思うのだけど、それでも君はしらを切る?」
「出来れば私に通じる言葉でお話し頂けますでしょうか。生憎人とお話しする事には慣れていない物でして」
取り繕う余裕。弱みを見せまいと強がる姿は何とも健気で儚い物か――。
あ、これは僕の妄想。ちょっと調子に乗りすぎてウザいと思われてる気がする。わりと反省。以後自主的に自重しよう。
「全ての殺人事件の犯人が君だと言っている――」
「…………」
「……のだとしたらどうする?」
「……ふっ」
冷笑。微笑。嘲笑。
レンズの向こう側の瞳が細められ、まさに100点満点とでも言えそうな程にこちらを煽る笑みで返されてしまった。少しMっ毛があるのかも知れない。僕に。……新発見だった。
「見当違いも甚だしいし、探偵気取りならもっと証拠を集めた方が良いわね。そもそも貴方が犯人ですと言って自分から自供し始めるのは物語の中だけよ? 誰もそんなの認めるワケ無いじゃない」
「ヤダなぁ、そんなにムキにならないで下さいよ。怖い怖い。まるで、犯人みたいじゃないですか」
「……貴方は何を言いたいのかしら」
「いえいえ、これはあくまでも過程の話をしているだけで探偵役を買って出ている訳じゃないんです。僕はただ貴方とお話ししてみたいなーと思っただけです。その世間話のテーマとしてこの街で一番ホットな話題を選んだまでに過ぎません」
「ホットな話題が連続殺人事件だなんて魔界か何かかしら」
「魔界化しはじめている、と言えばなかなかに厨二心をくすぐられませんか?」
「…………」
じっと睨みつけるような視線は変わらない。手元のカップには一切気にも止めず、ただ僕の腹の内を探る様に視線を送って来る。光の無い何処までも落ちて行きそうな暗闇のそれに見つめられると何だかドキドキするので、僕の処世術として多用されている笑顔でもって返してみる。
――あ、不機嫌そうに目を逸らされた。
「結局、ただのナンパって事かしら?」
「どうなんでしょう。別にこの後何処かに行きませんか? って誘うつもりは無いのでちょっと違う気もしますけど」
「…………」
わー、押し黙る事多いなぁこの人ー……。や、警戒してりゃ当然なんだろうけど円滑なコミュニケーションは会話のキャッチボールですよ? 投げたボールが返って来ないとなると、新たにボールを用意して良いのやらそれとも待っていれば良いのやら。
「ふむ……」
さて、ボールの行方はいずこへ。と彼女はコーヒーカップに口をつける。
「…………うへぁ……」
消失したのか上書きされたのか。すっかり冷めてしまった珈琲が余程苦かったらしく、盛大に顔を歪めた。面白なこの人。
「…………」
訪れる沈黙。気まずそうに睨み上げられる視線――。
いや、いまのば僕のせいじゃないと思う……けど、一応「お代わりする?」と振ってみる。
「いらない。ていうか、もう行きますね。話す事も無いようですし」
あらら、本当に話題は消失してしまったらしい。まだ何も本題に入ってないんだけどなぁ。まぁ、入るつもりも無いんだけど。
「出来ればもう話しかけないで下さいね。お友達と思われたくないですから」
「それはそれは。好意的な意見と取らせて頂いてお友達以上の何かを期待した方がよろしいんでしょうか?」
「し――……ちっ……」
「ん?」
苦々しく舌打ちをしてから席を立つとトレイを返却口へ。
いまの感じだと僕に対してと言うよりも自分の失態への悪態だろうか。
「ふーん……」
濃いブラウンと深いグリーンで統一された店内の中、華やかな余所行きの服装で賑わう人々の中で彼女の存在は何処までも灰色で。その後ろ姿は仲間はずれにされた可哀想な虐められっ子みたいにも見えた。
「まぁ、着てる服が灰色だからそう見えるのかも知れないけど」
言ってカップを持ち、ふと自分の頬が上がっている事に気が付く。
なるほどどうして、やっぱり僕は楽しんでいたみたいだ。彼女との会話を。所謂、ナンパ擬きって奴を。
「……うぇ……」
確かに冷めた珈琲は思った以上に苦々しかった。
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