〇1

1 第一印象って大事だよね

○ 1


「やぁ、こんにちは?」


 と、そんな風に声を掛けておいて何を今更と言われるかもしれないけれど、僕にナンパの趣味は無い。


 同じクラスの友達はこぞってどのクラスの誰が良いだとか、何処ぞの誰々がナニをしただの騒ぐけれど、正直そう言う事には興味が無い。


 色恋沙汰で騒ぐのは分かるけれど、然程重要な事にも思えないし、高校での恋愛なんて続いて半年、上手く行けばそのままゴールインなんて代物なんだからとりあえず各個人に任せておいてやれば良いのだ。ひっ掻き回して良い方向に転がるとは限らない。

 目まぐるしく変わる恋愛模様に一喜一憂するのはフィクションの世界だけで十分なのだ。


「…………」


 で、問題は目の前の彼女だった。


 ナンパでないなら何なんだろうと自分でも首を傾げる。

 とにもかくにもこの生まれてしまった沈黙を埋めるべく、僕は笑顔で尋ねた。


「相席良いかな?」


 ここは何処にでもあるコーヒーチェーン店の一角だ。


 店内を見回す彼女。生憎休日の早い時間帯で今日はまだ席に余裕はある。モーニングを取るにしても他の店を選ぶ。道を挟んで反対側には某ファストフードショップだって店を構えているのだ、流石に大手珈琲ショップと言えど、満員御礼というわけにはいかないのである。


 ゆえに、彼女の返答はこうなった。


「なんで?」


 トレイ両手に見下ろす形になる僕をそのまま見上げて睨みつける視線。


 空席なら他にあるでしょうに?


 そう無言のうちに告げられ、なんならいますぐ私が席を外しましょうか、とでも言いたげな様子だ。


 いや、彼女はそこまで優しく無いかもしれない。じゃっかん気配に険悪なものが滲むのを感じた。


 うん。どうにもファーストインプレッション、第一印象はあまり良くないらしい。


「見知った顔があったから声を掛けてみたんだけど迷惑だった?」

「迷惑でした」

「そりゃ失礼」


 仕方ない。


 言って椅子に腰掛けた。


 両手でトレイを持っているのも疲れるし、そもそも珈琲が冷めてしまう。お砂糖もミルクもたっぷり入れる派なので「ンなもん珈琲じゃねぇやいっ!」て何処ぞの誰かに叱られそうだけど、とりあえずそれはそれで美味しい訳で、美味しいのであれば一番美味しい瞬間――淹れたての温かいうちに口をつけたいのだ。


「なに、バカなの?」


 剣呑な言葉が飛んでくる。

 なんならその手に持ってるコーヒーをぶっかけて来そうな気配すらあった。


「馬鹿なら許してもらえる?」

「拳で分からせてあげましょうか?」


 液体より拳派だった。

 眼鏡の奥の瞳が冷たく燃え上がる。


 赤い炎よりも青い炎。炎っていうよりもこりゃ氷だな。


「おかしいな、そこまで嫌われるような事は無かったと思うんだけど……」

「好かれる事も無かったでしょうに」


 それもそうか。

 ご名答過ぎて反論の余地もない。見た目通り厳しい人だなぁ……。



「うーむ、どうしたものか……」

「いや、なにいそいそミルク入れてんのよ、っていうか砂糖入れ過ぎじゃない?」

「甘党なんだよね。ぼく」

「あ、そ」


 コミュニケーションを諦めたのか席を立つ彼女。

 店内を見回している辺り席を移動するつもりらしい。


「ナンパなら、他を当たって下さい」


 明確な拒絶を込めた敬語での一撃。

 冷笑すら浮かべず、表情を削ぎ落とした冷たい視線はある種の人達に取ってはご褒美になりそうだ。


 ていうか、やっぱりナンパになるのか、これは。


「いやはや……、そう言う事には縁がないと思ってたんだけどなぁ……?」


 これは苦笑。チャラチャラしてる奴らとは一生分かり合えないと思っていたけど、いまなら少しは意気投合出来る気がする。


 女の子に話しかけるって難しいねっ。――彼らに取ってはお茶の子さいさいなのかもしれないけど。


「――じゃっ」の一言すら残さずトレイを持って立ち上がった彼女を目で追って、とりあえず駄目元でも言ってみる。何事にも挑戦が大事ってね。


「僕は、君の秘密を知っている」


 ぴくりと、わずかに彼女肩が跳ねる。

 どうやら効果的面。声をかけるならこの方向性が正解だったようだ。


「……もう少しお話ししない?」


 微かに驚きの表情を見せて固まる姿に作り笑顔で答えてみる。どうだ、不気味に見えるだろう、ふふふっ!


「……何を言ってるのかさっぱりですね」


 おや? さっきの延長かは分からないけれど言葉に動揺が現れていますよお嬢さん?


 こうなればペースはこちらのものだ。

 手のひらの上で言葉を転がすように弄ぶ。


「まぁ君が話したく無いと言うのなら強要はしないけど、生憎休日は時間を持て余してるんだ。ネットが友達で終わらせるには勿体ないとは思わないかい?」


 断れば君の秘密を全世界に垂れ流してやるよ? という直球の脅し。

 拳で応えてくる可能性もあったけど彼女は見てくれ通り知的で理性的らしい。


「……ちっ……」


 小さく舌打ちをしてトレイをテーブルに置き、座り直すと彼女は更に帽子を深めに被って睨み直して来た。


「……あんまり調子に乗っていると大声出しますからね」

「はいはいっ、出来れば友好的に生きましょう?」


 人類みな兄弟なんですから――。


 ちょうど良い具合に冷めた珈琲を口に運んでから僕は微笑み返す。

 冷酷無慈悲な瞳の向こう側で微かに揺れる炎を捉えるように。


「さぁ、トークしましょうか?」


 僕と君で、

 この街の、死体について。

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