第10話:栄光の瞬間(とき)

 景明ジンミンさまを見送って、冷静さを取り戻した私は音楽宴の結果発表を静かに待っていた。


 景明ジンミンさまは私の音楽をめてくれた、仙術を使えない私の音楽を認めてくれた。もうそれだけで充分じゃないか……。そんなことを考えながら、私は心を前向きにしようと必死になっていた。


 そうだ、早く藍天ランティエン酒家に帰って、今日のことをみんなに報告しないと……。


 小さいながらも拍手を貰えたと話したら、杏音シンインさまなんて、きっと自分ごとのように大げさに喜んでくれるんだろうな、李叔叔おじさまは、何を報告しても優しく頑張ったと言ってくれそうだし……。


 そして劉新リウシンくんは、きっと少し照れくさそうに嫌味を一つか二つ言いながらも、心から祝福してくれるんだろうな……。


 そんなことを想像すればするほど、私の口元から笑みがこぼれてくる。


 そうだ、今日、私は全力を出し切ることができた。もうそれだけで充分、充分じゃない。そんな清々しい気持ちで前を見つめると、急に舞台の上があわただしくなってゆく。


 そっか、そろそろ結果発表の時間なんだ。


 今回、宮廷楽士になれなかったという悔しい気持ちはあるけれど、それ以上の気持ちが今の私にはある。


 たとえ数が少なかったとしても、景明ジンミンさまをはじめ、仙術を使えない私の音楽を認めてくれた人もいる。つまり仙術を使えなくても、私の音楽はちゃんと人の心に届くのだ。


 そう、これから地道に練習を続けていけば、きっとそれは多くの人に届くようになる。だから、いつか、きっと、宮廷楽士になるという夢はかなうし、宮廷音楽宴に出るという夢もかなうはずなのだから……。


「皆様、お静かにしてください。これから順位の発表をおこないます」


 そんなことを考えていた私の耳に、そんな司会者さまの声が飛び込んでくる。その声を聞いた私は、ゆっくりと舞台に目を向ける。するとなぜかそこに立っている景明ジンミンさま。


「な、なんで……、どうして?」


 そんな信じられない驚きが私を襲う。


 確かこの音楽宴は、高官や貴族、皇族の方しか参加できなかったはず。そんな音楽宴で司会者さまを差し置いて舞台の上にいるなんて、もしかして景明ジンミンさまは……。


「それでは景明ジンミンさま、上位三名の発表をお願いします」


 その司会者さまの声に、景明ジンミンさまは小さく頷いて、舞台中央に向かってゆっくりと歩いてゆく。そしてその右手には、折りたたまれた小さな紙が握られている。


「それでは発表します。まず第三位」


 司会者さまがそう声を張り上げると、景明ジンミンさまは手に持った小さな紙を広げて、小さな声で司会者さまに何かを伝えている。そしてそれを聞いた司会者さまは、大きな声を張り上げて第三位の楽士さまの名前を言う。


 そんなやり取りが目の前で行われているものの、私の混乱はまだ収まらない。


 景明ジンミンさまの立ち振る舞いは、どこか気品に満ちているし、さっきまでのきさくさを今は全く感じることができないし、まるで生まれながらの貴族のような優雅さを漂わせているし……。


雪梅シュエメイさん、雪梅シュエメイさんはいらっしゃいませんか?」


 そのとき叫ぶような司会者さまの声が私の耳に入ってくる。


 私はとっさに「はい」と手をあげて、それに応えてみせる。すると「ほっ」と安堵の表情をみせる司会者さまと景明ジンミンさま。


「あぁ、よかった、よかった。雪梅シュエメイさん、至急、舞台の上に上がってもらえませんか?」


 そんな司会者さまに言われるがまま私は舞台へ向かう。しかし観客のみなさまは、なぜか道をあけてくれるし、私に拍手を送ってくれる。


 その状況に戸惑いながら私は舞台に辿り着く。そして言われるがまま、すでに舞台に上がっている二人の楽士さまの横に立つ。もちろん舞台の中央から一番遠い隅っこに立つ。


 するとその瞬間、あきれた顔を浮かべる景明ジンミンさま。困った顔を浮かべる司会者さま。


雪梅シュエメイさん、何をしてるんですか、早く舞台の中央に来てください」


 司会者さまはそう言って私の手を強引に引っ張ると、私を舞台の中央に導いてゆく。私は訳も分からず、司会者さまの言われるがままの位置に立つと、そこには小さな微笑みを浮かべている景明ジンミンさまがいる。


景明ジンミンさま、これはいったい……」


 私がそう言葉を続けようとした瞬間、景明ジンミンさまはため息をついて、私の言葉に言葉をかぶせてくる。


「優勝おめでとう、雪梅シュエメイ。これからは宮廷楽士として頑張っていくんだぞ」


 そんな景明ジンミンさまの言葉に、私が「はい」と短く返事をすると、大きな拍手が会場全体を覆う。


 その瞬間、私は自分の体が無意識に小さく震えていることに気がついた。そしてそのとき初めて理解する。この音楽宴で優勝したという事実を……。あれほど遠く感じていた夢が一つかなったという現実を……。


景明ジンミンさま、私……」


 そんな言葉にならない言葉をつぶやく私に、景明ジンミンさまは軽く私の肩をぽんぽんと叩く。


「ほら雪梅シュエメイ。君が見なきゃいけないのは私じゃなくて、観客の皆様だよ」


 その優しい一言に導かれ、私はゆっくりと観客席へと視線を向ける。するとその瞬間、さらに大きな拍手が巻き起こり、私は自分の視界が徐々に滲んでゆくのを感じずにはいられなかった。


杏音シンインさま、李叔叔おじさま劉新リウシンくん、景明ジンミンさま……、本当にありがとう。私、今日、夢に手が届いたよ……」


 そのとき私の口からこぼれ出たのは、そんな感謝の言葉であった。

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