第38話 再会
その日、アリーセはシンプルなワンピースに身を包み、ひとり馬車に揺られてある場所へと向かっていた。
(久しぶりだから緊張するわ……。お菓子を持ってきたけど、みんな喜んでくれるかしら)
目的地に到着したアリーセが、そわそわする胸を押さえて玄関の呼び鈴を鳴らす。すると、すぐに懐かしい賑やかな声が押し寄せてきて、アリーセを元気に迎えてくれた。
「アリーセ様! おかえりなさい!」
「ずっと会いたかったよ!」
「早く来て! アリーセ様のためにお部屋を飾りつけしたの!」
ミーナにヨナスにカイ、その他にもアリーセの大切な子供たちがたくさん。みんな満面の笑顔ではしゃいでいる姿がとても可愛くて愛おしい。
「……みんな、勝手に出ていってしまって本当にごめんなさい」
置き手紙だけ残して孤児院を去ってしまったことが、あのときは仕方なかったとはいえ、ずっと申し訳なくて気になっていた。子供たちに謝ると、一瞬だけしんと静まったあと、また明るい声が返ってきた。
「そんなのいいよ!」
「そうだよ、こうして戻ってきてくれたんだから」
「一緒に住むんじゃなくても、たまにこうやって遊べるだけでもすごく嬉しいよ!」
「……みんな、ありがとう」
子供たちに手を引かれ、背中を押され、いつもの部屋へと連れていかれる。さっきミーナが言ったとおり、部屋の中は花や手作りのリボンで飾りつけられ、壁には「アリーセ様おかえりなさい!」の文字まで貼られている。子供たちの歓迎の気持ちがたくさん伝わってきて、アリーセは泣きそうになってしまった。
「みんな、とっても綺麗に飾りつけしてくれたのね。すごく嬉しいわ。今日はたくさん遊びましょうね」
それから、アリーセは子供たちと一緒に歌をうたい、絵本を読み、読み書きの練習を手伝い、お昼にはみんなで昼食を食べた。そうして食後に小さい子たちを寝かしつけたあとは、年長の子供たちにねだられて庭で遊ぶことにした。
「アリーセ様、草笛しようよ。ほら、この葉っぱ使って」
カイが艶やかな葉っぱを手にアリーセを誘う。すると他の子たちも「おれもっとすごい葉っぱ探してくる!」「わたしも!」と言って庭の隅に行ってしまった。
「ありがとう、カイ。この葉っぱだったら上手に吹けそうね」
「分かるの?」
「この間、エドゥアルトと一緒に特訓したの」
「公爵様と?」
カイが目を丸くする。それから、何かを思い出したのか「そういえば」と話し出した。
「アリーセ様がいなくなっちゃったあと、公爵様ってば毎日ここに来てたんだよ」
「そうなの?」
今度はアリーセが驚いて目を丸くした。そんなことまったく知らなかった。
「本当だよ。毎日アリーセ様が帰ってこないか気にしてたんだと思う」
「そ、そうかしら」
「絶対そうだよ。だって、毎日アリーセ様がいた部屋に行ってアリーセ様の名前を呼んでたんだよ」
「えっ」
「僕たち子供だって何日かしたら仕方ないって我慢できたのに、公爵様は毎日死にそうな顔してさ。大人なのにちょっとおかしいよね」
エドゥアルトがそこまでアリーセを恋しがっていたことを初めて知った。あのとき、孤児院のみんなだけでなく、エドゥアルトのことも傷つけてしまっていたのだ。それを思うとたまらなく胸が苦しく、一方で彼の愛が嬉しくもなってしまう。
「結局、公爵様が自分のお屋敷でアリーセ様に会えるようになったら、もうここにはあんまり来なくなっちゃうしさ。ひどいよね。……たまには僕たちに会いに来てって言っておいてね」
カイが葉っぱをいじりながら文句を言う。そうとは言わなくてもエドゥアルトを恋しがっているのが分かって、こうしてアリーセにお願いしてくるのが健気でいじらしい。
「分かったわ、ちゃんと言っておくから安心して。カイとたくさん遊ぶようにって」
「べ、別にぼくはいいんだけどね。他のみんなが寂しがってるからさ」
「ふふっ、そうね」
素直じゃないカイの頭をよしよしと撫でていると、葉っぱを探していた子たちも戻ってきた。
「よし、じゃあ一番いい音が出た人が勝ちだよ!」
「いいわ、負けないわよ」
孤児院の庭にさまざまな音色の草笛が響く。どの音も澄みきってきて、伸びやかに響いていた。
◇◇◇
「それじゃあ、私は少し院長様に用事があるから」
子供たちとの遊びを中断して院長の部屋に向かうと、部屋から意外な人物が出てきた。
「あれ、もしかしてアリーセ嬢?」
「えっ……スヴェン殿下?」
部屋から現れたのは王弟のスヴェンだった。いつのまにというか、そもそもなぜ彼がここにいるのだろう。驚いて固まっているうちに、スヴェンがアリーセの元へと歩いてきた。
「久しぶりだね。そういえば、君は前にここで暮らしていたんだっけ。今日は子供たちと遊びに?」
「ご無沙汰しております。はい、今日は久々に子供たちに会うために来ていて……。スヴェン殿下はなぜこちらに?」
「僕は文官の仕事でね。実は王都内の孤児院への支援金を増やそうと考えていて、最近よく孤児院を視察しているんだ」
「そうだったのですね。では、オリアン孤児院やベックマン孤児院にも?」
「もちろん。子供たちは元気に過ごしていたけど、職員の人数が足りてなさそうだったのが気になったかな」
「昔からどこも人手不足ですよね。ここはエドゥアルトのおかげもあっていろいろ充実していますけど、ほかの孤児院でも子供たちにもっと充分な支援ができるといいのですが……」
顎に手を添えて溜め息をつくと、スヴェンがくすっと微笑んだ。
「アリーセ嬢は昔から慈善活動に熱心なんだね。失礼だけど、実家の家計も大変そうなのに、知らない子供たちのためにそこまでできるなんて凄いな」
「いえ、大したことはできていません」
「行動だけじゃなくて、身分関係なくどんな人にも寄り添える心が立派だよ。上に立つ者の理想だ」
「ほ、褒めすぎです……。それに、子供たちのために国の予算を動かそうと尽力されているスヴェン殿下こそ、上に立つ方として理想だと思います」
「……そうあろうと努力はしているけどね。なんて、恥ずかしいな……ありがとう」
スヴェンが照れたように頬をかく。心無しか頬もうっすら赤くなっているように見え、そんな反応が少し意外だった。王弟という立場であれば、このくらいのことは言われ慣れていると思ったのに。飄々とした性格かと思っていたけれど、案外純粋なのかもしれない。
そんなことを考えていると、深い色の碧眼が狙いを定めるようにこちらを見た。
「そうだ、アリーセ嬢。君に聞きたいことがあるんだけど」
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