第33話 新生活

 ある晴れた昼下がり。王都で最も大きな邸宅であるブラント公爵家の一室では、公爵と彼が迎えた婚約者──エドゥアルトとアリーセがソファに並んで座り、ひとつの冊子を眺めていた。王都にある老舗家具店の商品がずらりと載った分厚いカタログだ。


 あれから互いの想いが通じ合ったあと、二人はエドゥアルトの屋敷であるブラント公爵家で一緒に暮らし始めた。婚約もすぐに済ませ、アリーセの花嫁修行という名目で堂々と同棲している。今はアリーセの部屋の家具を新調しようということで、まずはカタログを取り寄せて選んでいたのだった。


 真剣な顔をしてカタログを見ていたエドゥアルトが、あるページで手を止めて商品を指差す。


「このカーテンはどうだ、アリーセ?」


 エドゥアルトが指差したのは、淡いピンク色の生地に花柄が描かれたカーテンだった。アリーセも興味を引かれてまじまじと眺めるが、やがて悩むように首を傾げる。


「とても素敵だと思うけど……私の部屋には可愛すぎてしまわないかしら?」


 流行りも押さえた洒落たデザインで惹かれるが、アリーセに似合うかといえば、そうではないような気もする。でも部屋の雰囲気は明るいほうがいいし、どうせなら好きな雰囲気でまとめたい気持ちもある。


 別のカーテンのページもパラパラめくりつつ、あれこれ悩んでいると、突然エドゥアルトが「はぁ……」と溜め息をついて顔を覆った。


「あ、ごめんなさい。私ったら悩みすぎよね。そろそろちゃんと決めるから──」

「そうじゃなくて。こうやって二人で家具を選んでいると、新婚みたいだと思って幸せで……」

「えっ」


 エドゥアルトが頬を染め、愛おしげな眼差しを向けてくる。こんな目をしたときの彼は危険だ。そう思った途端、エドゥアルトから肩を抱き寄せられ、二人の距離が一気に縮まる。


「アリーセ……」


 すぐ耳元で囁くエドゥアルトの甘い声に思わず赤くなると、そのまま顎を引かれてアリーセの唇に彼の熱い唇が重なった。


 何度か角度を変えて口づけを繰り返したあと、アリーセが頬を染めたまま抗議する。


「……もう、毎日しすぎよ」


 一緒に暮らし始めてから、エドゥアルトは本当に我慢することをやめたようで、事あるごとにこうしてキスしてくるのだ。今日はこれでもう五度目だ。アリーセが拒まないのを知ってやっているのがまたタチが悪い。


 少しは自重しないと、と自分にも言い聞かせるように言うと、エドゥアルトは不満げに目を細めた。


「仕方ないだろう? 君が愛らしすぎるのが悪い。それに、君のファーストキスを俺じゃない男に奪われて悔しいんだ」


 まさかアリーセがミカエルから神聖力を奪ったときのことを言っているのだろうか。あのことについて、今までエドゥアルトから何も言われなかったから特に気にしていないものだと思っていたが、本当はしっかり気にして傷ついていたらしい。むくれたような顔が可愛く思えてしまう。


「あんなのキスには入らないでしょう?」

「俺の中では入る」

「もう……。でもたとえそうだとしても、私はとっくにファーストキスは済ませているのだけど」

「えっ! 誰だそいつは!? いつのまにそんな──」


 ショックを受けて青褪めながら、必死に容疑者を洗い出そうとしている姿が愛しくて、アリーセはエドゥアルトの鼻をつんとつついた。


「あなたのことよ」

「……え?」

「子供のとき、私がつまずいたのを助けようとして二人で転んだときに、唇が触れたじゃない」

「いや、あれはただの事故で……」

「じゃあ、私のファーストキスの相手はあなたじゃないってこと?」


 首を傾げて尋ねると、エドゥアルトがアリーセの手をがしっと握りしめ、力強く宣言した。


「いや、あれが俺たちのファーストキスだ。あのときから俺たちは相思相愛だった」

「ふふっ、そうね」


 そうして今日六度目のキスをしようとしたところで、執事が気まずそうに声を掛けてきた。


「公爵様、王弟殿下がお見えです」

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