第17話 エドゥアルトの後悔
それからすぐに食事を終えた二人は、重苦しい雰囲気を漂わせながら店を出て、孤児院への帰路についた。
「……送ってくれてありがとう。今日買ってくれたものは返品していいから」
そう言って孤児院の建物へと入っていくアリーセの小さな背中を見つめながら、エドゥアルトは両手を固く握りしめた。
◇◇◇
公爵家の屋敷へと向かう馬車の中で、エドゥアルトは絶望に打ちひしがれていた。
(アリーセを泣かせてしまった……)
彼女への想いをつい打ち明けてしまった。エドゥアルトがアリーセを嫌っているというあり得ない誤解をしていたから、それを正したかった。自分は誰よりもアリーセを大切に思い愛しているのだと、何があっても自分は彼女の味方なのだと伝えたかった。
しかし、彼女にとっては嬉しくないことだったらしい。
──私があなたを愛することはないわ、絶対に。
彼女の言葉が、今も胸の奥深くに刃となって突き刺さっている。
ずっとずっと、幼い頃からアリーセのことが好きだった。自分にとってアリーセだけが特別で、彼女と仲良しの幼馴染というだけで自分まで特別な存在のように感じられた。
いつかは彼女に格好よく求婚して承諾をもらい、夫として彼女を誰よりも幸せにするのだと信じていた。
その日のために剣の腕を磨き、次期公爵として必要な知識や振る舞いを身につける努力を惜しまなかった。自分の人生はアリーセのためのものと言っても過言ではなかった。
しかし、そろそろ実際に動こうとし始めたとき、エドゥアルトの父が待ったを掛けた。
『愚か者が! あの家は借金まみれだということを知らんのか!?』
『もちろん把握していますが、俺の資産で返済できる額です』
『それが愚かだというのだ。あれは一度肩代わりしてやればつけ上がって、さらに借金を作る輩だ。友人関係までは許してやったが結婚は断じて認めん』
『ですが、俺はアリーセでなければ──』
『公爵家の婚姻は政略結婚以外にない。頭を冷やせ!』
父親も母親もアリーセへの求婚は認めてくれなかった。そのうえ第一王女との結婚の話を進めると言い出し、なんとか待ってもらうのに骨を折った。
そんな中、隣国との紛争が勃発したことで流れが変わった。出征の要請があったのを利用して、アリーセへの求婚について交渉した。アリーセへの求婚を許してもらえないなら出征は絶対にしない。しかし、許してもらえるなら一年以内に紛争を終結させ、英雄として帰還すると。
すぐには承諾してもらえなかったが、結局最後には渋々ながら許してもらい、エドゥアルトは紛争の地へと向かった。帰還した暁には、よりアリーセに相応しい「英雄」の名を手に入れ、彼女の前に跪いて愛を乞うのだと希望を胸にして。
しかし紛争を終結させて帰還したエドゥアルトを待っていたのは、この世の終わりとも思える悲劇だった。
『アリーセが結婚した……? しかもグランホルム伯爵の後妻としてだと……?』
信じられなかった。受け入れられなかった。アリーセと結婚するのは自分だと思っていた。他の男が手を出さないよう片っ端から牽制していた。しかし、まさか四十も年上の老人に目をつけられるなど考えもしなかった。
そのうえ、結婚したその日に伯爵が死亡し、アリーセに夫殺しの容疑が掛けられているという。望まない結婚を強いられたのは明らかだが、それでも彼女が人を殺めるなどあり得ない。
黒鷹騎士団に殺人事件の捜査権限はないが、無理を通して捜査に加わらせてもらい、アリーセに会いに伯爵家へと向かった。
約一年ぶりに再会したアリーセは相変わらず美しかったが、心労のためか、かなりやつれていた。
一年で何もかも変わってしまった。彼女の立場や状況、そしてエドゥアルトへの態度まで以前とは違っていた。当然だ、自分がそばにいなかったせいでこうなったのだから。
こんなことになるなら親の許可など気にせず、さっさと求婚するべきだった。戻れるなら一年前に戻りたい。しかし、それは夢物語だ。今の自分にできるのは、孤独な彼女を支えること。
彼女の無実を明らかにするためリンドブロム神殿を訪れ、ミカエル大神官に頭を下げて真実の秘跡を執り行ってもらった。大神官とアリーセが親しげだったのには苛立ってしまったが、彼女の容疑を晴らしてくれたことには感謝しかない。
しかし、無実と認められたあとも彼女は苦しそうだった。伯爵への恩を返すために喪に服すからと、実家に帰らず伯爵邸に留まった。あの毒沼のような実家に帰るよりは気が楽なのだろうと思ったが、あのとき無理やりにでも保護するべきだったのだ。そうしていたら、彼女はあんなに酷い仕打ちを受けずに済んだのに。
(俺はいつも動くのが遅すぎる……)
だから、アリーセに見放されてしまっても仕方ない。彼女に愛される資格などあるはずない。でも、それでも──。
(彼女を幸せにしてやりたい。その隣に、俺がいないのだとしても)
いつか見たアリーセの可憐な笑顔を思い浮かべながら、エドゥアルトは己のすべきことを考え始めた。
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