第15話 エドゥアルトの屁理屈

「これから一日、俺に付き合ってくれないか?」


 急に訳の分からない交換条件を出され、困惑せずにいられない。


「これから? 仕事もあるのに急に抜けられないわ」

「院長には俺から頼むから問題ない。人手も何とかする」

「でも……」

「孤児院オーナーの付き添いの仕事だと思えばいい。ほら、行くぞ」



◇◇◇



 それから本当にエドゥアルトは院長に話をつけ、アリーセを連れ出してしまった。そして馬車に揺られること数十分。アリーセは今、エドゥアルトとともに王都中央の老舗ドレス店にいた。


「……ねえ、エドゥアルト。私はドレスなんていらないのだけど。着飾る機会もないし」


 色とりどりのドレスを真剣に吟味しているエドゥアルトに訴える。こんなに豪華なドレスを着て孤児院の仕事をするわけにはいかないし、夜会へ出かけるつもりもない。だから買う必要なんてないのだが、エドゥアルトは聞いていないようだった。


(どうして私にドレスなんて……。ああ、ミカエル様への対抗心でこんな馬鹿げたことをしているのね)


 この間もミカエルからもらったペンダントを貶していたし、エドゥアルトは明らかにミカエルを嫌っている。あれほど善良で慈愛に満ちた人の何が気に食わないのか分からないが、完璧すぎて嫌味に思っているのだろうか。


「エドゥアルト、私は本当に──」

「これだ。これが一番君に似合うと思う」


 エドゥアルトが指差したのは、深いグリーンの色合いが美しいドレスだった。意外にもかなり好みのデザインで思わず溜め息を漏らしてしまう。


「ほらな、気に入っただろう?」


 アリーセの表情を見ながら、エドゥアルトが得意げに口の端を上げた。


「た、たしかにこのドレスは素敵だわ。上品で洗練されていて、とっても綺麗。……でも、やっぱり置き場もないし、買ってもらうわけには──」

「このドレスをもらおう。彼女に合わせて少しデザインを変えたいところがあるから、あとで相談させてくれ」

「ちょ、ちょっと私の話を聞いて……!」


 ついには購入を宣言してしまったエドゥアルトの腕を思わず引っ張ると、エドゥアルトが振り向いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「これは君じゃなくて俺のために買うんだ。俺の屋敷に置いて、いつか君にドレスが必要になったら貸してやろう」

「何それ、屁理屈だわ……」

「今日の君の仕事はオーナーの付き添いだろう? 他にもいろいろ買うつもりだから付き合ってくれ」


 結局そのあともエドゥアルトは、靴やアクセサリーや香水や化粧品など、今のアリーセには贅沢なものを「俺のため」という理由でたくさん購入した。


 アリーセとしては、こんなことをされても素直に喜べない。……とは言え、好みのものを見れば勝手に胸が高鳴ってしまうもの。するとエドゥアルトに「やっぱりな、これが好きだと思ったんだ」とすっかり見透かされてしまい、最終的にはアリーセ好みの大量の品物が公爵家に送られることとなった。




 そうやって長時間にわたる買い物を終えたあと、二人は人気のカフェの特別室で少し遅めの昼食をとっていた。


「君は少食だな。そんな量で腹が減らないのか?」

「……昔からこうだから大丈夫よ」


 実家の侯爵家で暮らしていたときは少しでも出費を抑えるために、自分の食事はなるべく量を減らしてもらっていた。そして伯爵家では小姑たちの命令で質素な食事が一日に一度だけだった。そのせいで胃が縮んでしまったのか、今はあまり量を食べることができない。


(でも、こんなことを言ってもまた心配させるだけだものね)


 メインの付け合わせの温野菜を小さく切って口に運ぶと、エドゥアルトはその様子を見て気遣わしそうに眉を寄せた。


「もしかして嫌いな料理だったか? だったら好きなものを作らせるから言ってくれ。昔はもっとたくさん食べていただろう?」


 エドゥアルトが言っているのは、前に彼の誕生日会に招待されたときのことだろう。公爵家の料理人が腕によりをかけたご馳走はあまりにも美味しそうで、ついたくさん食べてしまい、エドゥアルトからデザートのおかわりを差し出されたことをよく覚えている。彼の言うとおり、たしかに昔はもっと量を食べられたし、食事も楽しめていたのだ。でも今は──。


「昔の私とは違うの。結構よ」

「……そうか」


 エドゥアルトの寂しそうな眼差しに、アリーセの胸が痛む。


(エドゥアルトはきっと心配して言ってくれたのに、冷たい言い方をしてしまった)


 自分の心の狭さが嫌になる。彼の親切をもっと素直に受け取るべきなのに。どうしてかそれができない。


 同情されたくないから?

 落ちぶれた自分を直視したくないから?

 上辺だけの優しさは辛いだけだから?


 よく分からない。ただ、エドゥアルトと一緒にいると、胸が苦しくて息ができなくなる。


(そもそも、彼はなぜ私にここまでしてくれるのかしら)


 今のアリーセに何かしたって、エドゥアルトには何の得にもならないはず。それなのに多忙な彼が貴重な時間と資産を使って無駄な投資をする意味が分からない。


 アリーセは食事をとるのを止め、カチャリと静かにカトラリーを置いた。


「……ねえ、エドゥアルト。あなたはなぜ私にここまでしてくれるの? 私があまりにも哀れだから? 一人では生きていけないと思って施しをしてくれているの?」

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