第14話 予想外の出来事
それから数日後。孤児院での仕事にもだいぶ慣れてきたアリーセは、日当たりのいい庭の一画にやって来ると、前に抱えていた大きな籠をどさっと地面に下ろした。
籠の中には子供たちの洗い立てのベッドシーツが入っている。アリーセはそれを一枚拾い上げると、パンッと音を立てて伸ばし、洗濯物干しの紐に掛けた。
風をはらんでシーツが大きく膨らむ。洗ったばかりのシーツが飛んでいかないよう、アリーセは慌てて両端を洗濯バサミで留めた。
「ふう、これがあと二十枚ね」
急いで終わらせてしまおうと籠に手を伸ばす。すると横から誰かの手がすっと伸びてきて、アリーセは驚いて顔を上げた。
「っ……エドゥアルト?」
シーツを一枚手に取ったエドゥアルトが、先ほどのアリーセのように大きく広げて物干し紐に掛ける。
「あとは、ここを挟むんだったか?」
「え、ええ、この洗濯バサミで挟むの」
「分かった」
そうしてエドゥアルトは洗濯バサミでシーツを留めると、また別のシーツを取り出して紐に掛ける。流れるような作業にアリーセは頭の中で疑問符が止まらない。
「ねえ、どうしてあなたが洗濯物を……」
「二人でやったほうが早く終わるだろう?」
「それはそうだけど……」
やっぱり腑に落ちないが、公爵であり、孤児院のオーナーでもある彼にこんな雑用をさせるのはまずいだろう。でもきっと言っても聞かないので、彼より早くシーツを干して、さっさと終わらせるしかない。
「す、すぐ終わらせるから……!」
猛然とシーツを取って干していくアリーセの横で、エドゥアルトがおかしそうに笑いを堪えた。
◇◇◇
洗濯したシーツをすべて干し終わったあと、アリーセはずらりと並んだ白いシーツを満足そうに眺めるエドゥアルトに向き直った。風に靡く前髪を掻き上げている姿がどこか清々しく様になっていて、思わず見惚れてしまう。
「これで全部干せただろう、アリーセ?」
エドゥアルトに話しかけられ、アリーセはハッと我に返った。
「そうね、これで洗濯物干しは終わりよ。手伝ってくれてありがとう。ところで今日は何か用事でも?」
エドゥアルトは案外子供好きなのか、オーナーとしての責任感が強いのか、数日置きに孤児院へとやって来る。しかし、彼はつい昨日来たばかりなので、今日は何か突発的な用事でもできたのではないかと思ったのだ。
「……実はそうなんだ。君に伝えることがあって」
「私に?」
意外に思ってアリーセが首を傾げると、エドゥアルトがやや躊躇いがちに話を切り出した。
「昨日の夜、グランホルム伯爵家が全焼した」
「えっ……?」
予想もしなかった内容に、アリーセが目を見張って絶句する。すると、エドゥアルトが仔細について説明してくれた。
「真夜中に落雷があったらしい。伯爵家の屋敷に落ちて、瞬く間に燃え広がったそうだ。数時間後に雨が降って火は収まったが、屋敷にいた使用人たちは全員死亡したと聞いた」
「そんな……」
「君があの屋敷を出ていてよかったよ」
たしかに、エドゥアルトに連れ出してもらわなければ、アリーセも焼け死んでいたかもしれない。そう考えると余計にゾッとしてしまう。
「まあ、君がいたら落雷はなかったかもしれないがな。今回のことはきっと天罰だ」
「まさか……そんなことあるはずないわ。ただの天災よ」
偶然にしては出来すぎたタイミングだが、アリーセのために天罰が下されるなどあるはずがない。しかしエドゥアルトは神妙な顔つきで、さらに恐ろしいことを言った。
「だが、伯爵の娘二人も死んだんだ」
「えっ……どうして? 彼女たちはもう伯爵家にはいないんじゃ……?」
少し前にエドゥアルトが言っていた。彼が伯爵家に乗り込んだあとすぐ、あの二人は逃げるように屋敷を去って、それぞれの家庭に戻ってしまったと。だから火事には遭っていないはずなのに。
「心臓発作で亡くなったそうだ。二人とも、火事が起こったのと同じ時間に」
「!?」
信じられない。それでは本当に伯爵家の人々が天罰を受けたみたいではないか。
(たしかに、もう二度と関わりたくないと思ったわ。でも、こういう意味では……)
まるで自分が願ったせいで大勢の人が亡くなったように思われて、アリーセは血の気が引いていくのを感じた。ふらりとよろけたアリーセの体をエドゥアルトが支える。
「アリーセ……天罰とは言ったが、もちろん君に責任なんてあるはずがない。これが彼らの運命だったと思って、もう忘れろ。これで君の不運は断たれた。君はこれから誰よりも幸せになるんだ」
「幸せに……」
──このペンダントがアリーセ様に幸せをもたらしてくれるはずです。
ふいにミカエルの言葉を思い出し、アリーセは首から下げていたペンダントを握りしめた。するとエドゥアルトもペンダントに視線を落とす。
「それ、どうしたんだ? よく似合っているが前はペンダントなんて付けていなかったのに」
「ああ……先日ミカエル様から頂いたの」
「大神官から?」
エドゥアルトが思いきり顔を顰めた。まるで敵兵でも見るような目つきでペンダントを睨んでいる。
「よく見るとこの石の色が良くないな。デザインも悪いし、アリーセには合わないんじゃないか? ミカエル大神官は君のことを何も分かってないな」
ついさっきまで「よく似合っている」と言っていたのに、手のひら返しがひどい。
(エドゥアルトはそんなにミカエル様が嫌いなのかしら)
人の好き嫌いにどうこう言うつもりはないが、恩人を貶されるのは気分が良くない。
「アリーセ、俺がもっと君に似合うものを贈るから、このペンダントは──」
「このペンダントは神聖力が込められた貴重なものなの。他のペンダントでは代わりにならないわ」
エドゥアルトから隠すようにペンダントを握り直すと、彼はしゅんとしたように眉を下げて「……悪かった」と謝罪の言葉を呟いた。
「これは私の幸せの御守りなの。大切にしているんだから文句を言わないでちょうだい」
「分かった……」
エドゥアルトがあまりに落ち込んでいる様子だったので、少し言い過ぎただろうかと気になっていると、彼が何かを決心したようにアリーセに向かって顔を上げた。
「ペンダントのことはもう言わない。その代わりに……」
「代わりに?」
「これから一日、俺に付き合ってくれないか?」
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