第13話 懐かしい感覚
ゴーレムはよろよろとこちらに近づく。
多少師匠に魔法を教えてもらってはいるものの、まだ自分で自分を未熟であると理解している自分の頭は取り敢えず、距離をとらないといけない。そう判断した。
「逃げていてもどうしようもないぞ!」
そう師匠は叫ぶ。ならどうしたらいいんだ。
軽く土弾を放った。だがそれは、目の前のそれと一体化してしまった。
「そいつは土でできている。他の素材でできているものはそうやって一体化こそしないが、どちらにせよ、ダメージはないぞ」
戦闘の隙間に言葉を差し込んでくる。ありがたいと思いつつも、酷な修行を与える師匠を軽く煩わしく思えてしまった。
次の攻撃を避け、ある点に気づいた。
それは、こいつの圧倒的な強みでもあり、同時に致命的な弱みでもあった。
ゴーレムというものの強み、圧倒的な威力、そして堅さ。
だがその分――
***
「動きが遅く、隙がある……!」
空中で吹っ飛ばされた体制を持ち直し、攻撃に切り替える。
そして、まずは、動きを止める必要がある。
杖を
――氷弾撃【アイスショット】!
放った氷魔法はゴーレムの足を地面と固定した。
――――ズドンッ!
それに、ゴーレムは体勢を崩し、大きな地響きと伴に地面に倒れた。
絶好のチャンスだ。だが並大抵の攻撃は通らない。
だからこそ、搦め手が必要なのだ。
そう、あの時。
あの時の様に。
懐かしい感覚。掘り起こされた記憶と同じ時の感覚。
だが、僕はあの時より確実に成長していた。それを、僕自身が理解していた。
巡る魔力。だが、今度は違う種の魔法が絡み合う。
それは、魔法杖の先から、強い魔法として放たれる。
――氷炎破【フロストバーン】ッ!
シャドンッ!
一見、絶対に相容れないであろう氷と火属性の混合攻撃。
ただ、その魔法威力は想像を絶するものであった。
冷えたものを急激に加熱することで、ものは脆くなる。
それを一瞬で行うとなると、それで威力が上がるのも頷けるものだ。
その効力はというと、ゴーレムの体は魔法により急激な温度変化を経て、体はボロボロに崩れていた。もうこちらへ危害を加えられることはないだろうと思えるほどに。
飛翔魔法を解除し、浮遊をやめる。
ゴーレムの骸に近づき、こちらの様子を把握したのか、茂みからミラクサが飛び出てきた。
「凄い! 凄いです、ソーカさん! なぜそこまで魔法が使えるんですか!?」
「え、いや、まぁ、ベルキュートの弟子だからね……」
そう言って、ゴーレムへと視線を戻す。
山積みとなった石塊、そのなかで光るものがあった。
それを掘り出してみた。
「それは…………コア……ですか?」
「……少し違うと思う。これは……人工魔石だ」
魔石は天然にも存在する。魔力を纏う鉱物だ。それを加工することによって様々なことが出来る。
例えば、魔力が少ない人間が使う魔道具なんかは、その魔力源として加工魔石が使われる。
そして、
「人工魔石は魔物のコアから作られた魔石だ。恐らくだけど、このゴーレムが作られた時代は戦争が多かったんだと思う。それで、魔石の採掘が盛んになった。それも、足りなくなるほどに。今の時代ではありえないけれど、当時の魔石は魔物から作った方が効率的だったんだろうね」
それにしても、魔石にしては大きい。僕の身長の半分ほどの大きさだろうか。これだけで、この大陸に居る人間が生涯に使う魔力くらいは補えるだろう。勿論、クラウディアも含めて、だ。
それに、この魔石に書かれてるものは…………。
「何の音だ!」
先程の音を聞きつけたのか、村長を含め、数人の村人がやってきた。
「あー……っと、説明するのめんどくさいな……」
若干、そんな怠惰を抱きつつ、村で僕の推測を含め一から説明することにした。
「まず、あの戦闘用ゴーレムは数百年前にこの村の人間が埋めたものであると考えられます」
「この村の人間……が?」
村長の家、村長と僕、ミラクサ、それとラルフさん、数人の村人が集まった。
「はい。目的は恐らく、噴火からこの村を守るため、でしょう」
「如何して、戦闘用ゴーレムが?」
「ソグラ火山の噴火は大規模であると聞きます。だから、この村を守るためにゴーレムを置くにはお手伝いゴーレムは性能があまりにも小さかった。だから、ゴーレムを村の近くに置くことで、噴火が起きたときに目覚めさせ、被害を少しでも小さくしようとしたんでしょう。ゴーレムも、自分の身に降りかかる被害はさすがに防ぐと思いますし……」
「で、でも、ゴーレムは噴火が終わったら村人を襲ってしまうじゃないか」
「そうです。襲いますね」
あまりにも頓珍漢な、そんな答えに、村長は拍子抜けした。
「襲うって……そしたら元もこうもないじゃないか」
「そうなんです。だから、ゴーレムは別に村や村人を守るために作られたのではなく、村人が逃げるための時間を稼ぐことだった。最初から、噴火によって村が崩壊してしまう想定で、ゴーレムは作られたのです」
「そ、そんな……では、このままでは、この村は壊滅する……」
「そうですね、今回は噴火の予兆である地震でゴーレムが誤って起動してしまった。だから僕がそれを壊しました。数百年前に作られたこともあって簡単に討伐できましたが、あのままだと、この大陸にすむ人間の半分が死んでしまっていたでしょうね」
それを聞いた村長は「ひ……」と情けない声を出した。
「脅しているわけではありませんよ。ただ、このままだと、噴火が起きてしまった場合の村の全滅は免れません。なので、討伐報酬も含めて、あの魔石を譲ってほしいのです」
「そ、それが構わないが……何に使うんだ?」
「ちょっとしたことですよ」
諸々を話した後、僕は村の空き家を一軒、借りることにした。
説明をしている途中、ラルフさんの表情を見て、口角が上がっている様に思えたのは気のせいだったのだろうか。
……まぁ、考えても仕方のないことだ。
そう割り切って僕は、一週間ほどその家に閉じこもった。
***
「よくできました」
修行終了の合図。今回はいつにも増して身の危険を感じた。
「いや、いざとなったら助けるつもりだったけど、本当に倒してしまうとは……成長したね!」
久しぶりに師匠から褒められた。幼い自分は心躍らせながらも、大きな疲労感に、地面に膝をついてしまった。
「ねぇ、師匠」
「なんだい?」
「師匠は、何故ゴーレムの魔法を使えるの?」
ベルキュートは、動かなくなったゴーレムから人工魔石を取り出す手を止めた。
「うんーと、僕って、天才なんだよね」
「それ自分で言うんだ……」
「でも、お前も否定しないじゃないか」
揚げ足取りのように言葉を並べ、誇らしげな態度を見せる師匠は続ける。
「……まぁ、見た魔法は大体使える。この村でゴーレムを見たから、それを戦闘用に作り替えてみた」
簡単に言っているがやっていることの難度は山の葉を数える程度だ。
「とは言っても、即興では軽いものしか作れないけどな」
「ゴーレムの製造って、失われた技術の筈では?」
「失われた魔法……か、でも今僕がこの世界に復活させたから……うーん」
おめでたい。太古の技術の復活だ。所謂歴史的事象ってやつだ。こんな辺鄙な村の外れで起きたのだけれど。
「言うけど、そんなに難しくはないさ。お前にもできるようになる。」
そうして、師匠は僕の頭に、優しく掌を被せた。
「お前はいつか、僕を超える存在になるかもしれないからな」
***
いつから寝ていたのだろう。いや、もうそれすらも分からないな。
閉じこもってもう日が十回は登った。そして、机の上には二枚の紙。
一枚は魔石に刻まれていた物理型魔法陣。すでに失われ始めている技術で、幾つか前の時代に高度な魔法を使うときに用いられていたものだ。
もう一枚は僕が書いたものだ。
魔法陣の改良。この村を噴火から守るための友好ゴーレムの魔法。
骨が折れる作業だった。すでにこの世界には失われ始めているものを失われ始めている技術を使って復活させるだなんて。
ただ、魔法文明時代は進んだんだ。ベルキュートという偉大な一魔法の存在によって。
だからこそ、成し遂げられた。
人工魔石に刻まれている魔法陣を、上から魔法陣で上書きする。
やっと作業が終わり、数日ぶりに借家の戸を開く。すぐさま、眩しい日光が身を照らした。
すると、偶々外に居たミラクサに見つかってしまう。
「――げ……」
「あ!」
早歩きで怒りを漂わせながら歩いてくる彼女。もうどうしようもない。
「ねぇ! 今までずっと閉じこもって! もう、何から聞けばいいのか…………あ、まずちゃんと食べてたの!?」
最初の発言がこちらに対する心配であることが、ミラクサの優しい性格をまた、表している。
「あー、ちゃんと食べてたよ」
「嘘つけ! だって、最後に会ったのが村長の家だったけど、その時から数日しかたってないのにめちゃくちゃやつれてるじゃない!」
「え、そうかなぁ」
「それに! その目の隈! 寝てもいないでしょ!」
まぁ、確かに、毎日どれくらい寝てるのかすら分からない。
「もう、全く……って、何それ」
戸の隙間から除く魔石に対して、彼女は興味を示した。
「……あぁ、この前のゴーレムからとった人工魔石だよ。……ちょうどいいや、村長だとか、皆を集めて、この前の岩がいっぱいあるところに来てくれない?」
「それはいいけど……」
そう言って、彼女が村民を呼びに行っている間、僕は空間魔法を使って、魔石を運ぶことにした。
「では、説明しますね。こちらが僕が作った対災害用ゴーレム・改です。このように、微量の魔力を注ぐと……」
と、魔石をセットしたうえで、近くにある石碑に魔力を注ぐ。
すると、石の塊が魔石を包み込むように形成されていき、最終的にはこの前の戦闘用ゴーレムと同じ位の大きさまで積みあがった。
「こんな感じで、噴火が起きた場合には、村人を含め、村を守ってくれます。友好的なので、村人へ危害が及ぶ心配もありません」
村人の様子はというと、あまりの大きさに立ちすくんでいるもの、茫然としてるもの、そして気絶するものまで現れ始め、村長が泡を吹き始めてやっと事の重大さに気づき、ゴーレムを解除した。
「あはは……試運転と石素材の形成のための起動でしたが、どうでしょうか」
そう聞いたのだけれど、誰も何にも反応を示さなかったので、取り敢えずみんな村に一度戻ることになった。
「ちょっとやり過ぎかな……」
「いや、やり過ぎっていうか…………」
ミラクサは心底呆れていた。まぁ、ちょっと大きすぎたかもしれない。だが、備えるに越したことはないのだからいいだろう。
「……ありがとうね。やり過ぎだけど」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ。お礼なんていいよ」
「そうですか? やり過ぎだけど」
「さっきから、僕の名前は『やり過ぎだけど』じゃないんだけど?」
「あぁ、ごめんね。やり過ぎだけど」
「だから……! ……はぁ、全く。もういいよ」
名前遊びを諦めさせるのを諦め、茂みを抜ける。
村に辿り着き、借家に置いてある荷物を纏めに行く。
家に入ろうとしたときに、ミラクサから呼び止められる。
「あのさ、もう出て行っちゃうの?」
どこかで分かっていたこと。だから、今度こそな質問への答えに、若干引っ掛かってしまった。
「……そうだね。そうなるね」
「じゃあ、荷物が纏まったら一度私の家に来てよ」
「……分かった」
旅というものは用が無くなった村からはさっさと離れるものだ。
それは、同時に、旅の仲間にも言える事である。
そう、今度こそ、お別れなのだ。そう、多分。
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