第12話 『面白いお話』

「……着いた!」

周りを木の柵で囲まれた村。広場のような場所では子供がはしゃぎ回り、長閑な雰囲気が漂っている。

「みんなー! ただいまー!」

「あ! ミラクサ姉ちゃんおかえり! ねね、お土産あるの?」

こちらに気づいた子供達が走り寄ってくる。

「ごめんね、今日はお土産はないんだ。それより、リーハは?」

「リーハちゃんはまだ家で寝込んでるよ。体調がまだ良くないって」

「そう……ありがとう」

「ねーねー、ミラクサお姉ちゃん、この人だーれー? お婿さん?」

……な!?

「ち、ちがうよ! そんなんじゃないよ! ね?」

「う、うん、違うよ」

「えー、そうなの?」

「そうだよー。ほらソーカ、早く行くよ」

「う、うん」

彼女に強引に引っ張られて、一軒の家に入った。

「お婿さんになるとしてもまずは……」

ボソリと何かを呟く。

「ん? 何か言った?」

「あ、え、い、いや何も?」

「そう?」

「うん、とりあえず椅子に座ってて」

言われるまま、年季の入った木製椅子に腰掛ける。

キッチンとタンス。それとテーブル。あとは階段が……って、あまりジロジロ見るのも失礼か……。

「お待たせー! 妹の様子を見てきた」

「あ、どうだった?」

「ちょっと拗らせてるみたいだけど、薬草のすりおろしを飲ませたからもう大丈夫……それより、何か用事があるんじゃないの?」

あ、すっかり忘れてた。

「うん。実は、この村にサクラギの病って病気に罹ってる人がいるって聞いて……」

「サクラギ病!? ねぇ! 何か知ってるの!?」

態度を豹変させて問い詰めてきた。

「い、いや何も……」

こちらが少し狼狽えたのを察したのか、「……ごめん」と目を合わせず、バツが悪そうに彼女は言う。

「……私のお母さんがそうなの。今も二階で寝込んでる……」

「え!? ごめん、そんなつもりじゃ……」

「いいのいいの。それで、なんでサクラギ病について調べてるの?」

「いや……ベルキュートはサクラギの病で亡くなったんだ」

「ベルキュートさんが……!? ……なるほど、凡そ繋がった。それで、会ってみたいのね?」

「うん」

彼女は「わかった」と返して、二階に通してくれた。

突き当たりの扉を開く。

ベッドとその脇に置いてある小さなテーブル。たった今ミラクサが持ってきたであろう薬草と花瓶に花が一輪生けられていた。

ベッドの上に一人、窓の外を様子を眺める女性、頬に一つ桃色の斑が浮き出ている。

全く、ベルキュートと同じものだった。

女性はこちらに気づくと目を丸くした。

「あら……?」

「お母さん、この人はソーカ。リーハの風邪を治す薬草を買ってくれたの」

「そうなの? ソーカさん、ありがとう……」

女性はこちらに軽く頭を下げた。

「いえいえ、そんな大層なことはしてないです。と言うより、僕が助けてもらった側なので……」

見れば見るほど綺麗な人だ。

「うちの子がお役に立てたのなら何よりよ」

隣からミラクサが口を挟む。

「お母さん、薬草の効き目はどうなの?」

「ありがとう。ちょっと良くなったわ」

「本当に? 良かった……」

ミラクサは嬉しそうな表情を見せる。

だけど、そんな簡単な問題じゃないはずだと、わかっているはずだと言うのに。


結局薬草は苦しみを和らげる効果はあっても、それは根本的な解決にはつながらない。鎮痛剤に痛みの根本を治す力がないように。


だが、言えない。言わない。そんなこと。

幸せならいいじゃないか……。

……本当に、それでいいのか?

「じゃあ、ちょっと村長のところに行ってくるね。行こ、ソーカ」

「あ、うん」

ワンテンポ遅れて部屋を出る。

「わたしのお母さん、二年前からあんな感じで……。なかなか起き上がれない日も増えてきててね、ここ最近はちょっと体調がよくなって、ああいう風に会話ができる日も多いんだけどね……」

そこまで口にし、彼女は言葉に詰まった。

「…………でもでも、お母さん、薬効いてるってさ! ソーカ、本当にありがとね!」

「いやいや、こちらこそだよ。あの時助けてくれなかったら旅はあそこで終わっていたかもしれない」

「大袈裟だよ」

ニコッとはにかんだ彼女の眼には若干の涙が溜まっているような、そんな気がした。

「それより、村長の所に行こうよ。紹介したいから!」

家の外に出る。先ほどまでいた子供たちは今度は村の奥にある畑の方で遊んでおり、農夫に怒られていた

「こっちだよ」と、村の中の案内を軽く受けつつ、他よりもちょっとだけ大きな家の前に着いた。

「ここが村長の家だよ」

木製の扉を二回ノックすると、「はーい」と想像よりも低い声が聞こえてきて、扉が開かれると、また思っているよりも体格が良く、若い中年男性が出てきた。

「おや、ミラクサじゃないか。どうしたんだ?」

「いや、ちょっと遊びに来たんだ」

「遊びって……ん、そちらは?」

困った顔を浮かばせ、ため息を一つついてからやっとこちらに気づいた。無理もない、彼女の一歩後ろにいたのだから。

「こちら、ソーカ。ロックルに薬草を買いに行ったときに色々あって、色々助けてくれたんだ」

「お前、ロックルまで行ったのか!?」

いきなり大きな声を出すもので、一歩後ろに居た僕でさえも少したじろいでしまった。

こちらの様子を察したのか、バツが悪そうに、

「……あぁ、いや、すまない。でも、あまり無茶をするんじゃないぞ? ほら、帰った帰った。今日は来客がいるもんでな」

そう言って村長はミラクサを外に押し出す。

「まぁまぁ、いいではないですか。子供というのは、『小さな従者』と書くこともあるようですよ。もしかしたら私の認知語彙が広がるかもしれませんし」

奥から好青年の声が聞こえ、さらにもう一人が足音を立ててこちらにやってくる。

「そ、そうですか?」

「ええ、そうですよ。さぁ、坊や、こちらに来てお話はしないかい?」

坊や……?

「もしかして、僕のことですか?」

「えぇ、勿論。それ以外にこの場に坊やに見える存在は貴方しかいませんよ。まぁ、かく言うそこの村長様も私も、童心を忘れていない人間の一人ではございますがね。あぁ、心配しなくてもそちらのお嬢さんもこちらにいらっしゃってくださいな」

そう言って手招く男性。黒いハットにタキシードを纏い、黒いステッキを手にしている。ただ、同業では無さそうだ。

「おや、この杖に興味がおありで?」

「え、あ、まぁ……」

村長に家の中に通され、四角いテーブルに腰掛ける。テーブルの端には二つのカップが置いてあり、まだ少し熱を帯びているようではあった。

「これはね、私の仕事道具なのですよ」

「あれ、魔法をお使いになるのですか?」

そう聞くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「それは……どうでしょうな」

「そこのお方……ラルフさんというのだが、彼はこの大陸に拘らず世界中を旅してまわっているらしくてな。数日前に偶々この村に立ち寄ってくださって、旅のお話を聞いていたんだ。あの、ベルキュート様のようにな」

「へぇ……」


――ズズズズズッ!

途端、机に置かれたカップの液体が揺れ始める。

「あぁ、またか」と呟き、揺れに何とか抗おうとする村長。幸いにもそこまで大きいものではなく、別に転倒することもなく、モノも倒れず、ただ揺れが収まる前よりほんの少しだけカップの位置が端のほうにずれていたくらいだった。

「最近多いんですよ、地震って言うんですか?」

「ほう、この近くに火山がありますよね? もしかしたら噴火の予兆かもしれませんね」

ラルフさんのその言葉には、多少の脅しが含まれているような気もした。

「まぁ、そうかもしれませんね。ただ、この村には噴火から守る術はあるみたいなので」

「と、言いますと?」

「知りません」

術があるというのにそれを知らないというのは痴呆の類なのだろうか、だなんて口には出せない。ただ、少し興味も沸いてきた。

だから、口を挟んでみた。

「知らないというのはどういうことなのでしょうか」

明らかにこちらに違和を覚える表情を向ける村長。こちらのことをあまり良くは思ってはいないみたいだ。ただ、僕以外にも人間がいるからか、きちんと答えてくれたのは嬉しいことだった。

「親父……前村長から言われてるんだ。というより、それよりもずっと前から。『噴火から守れるようなものはある』ってな。そんで、ソグラ火山は数百年に一度大噴火を起こすと言われてる。前回の噴火がもうわからないくらいには前だから確かにもうすぐ周期的に起こっても可笑しくはない。だが、なにかしらはあると前々から伝えられてはいるらしいから、俺はそれを信じて、こうやって構えているわけだ」

村長は頬杖を付きながらそう教えてくれた。

「なるほど……」

「面白いお話をありがとうございました。私はもうそろそろ宿に戻ることにします」

「え、そりゃまた如何して……」

「ではまた」

そうれだけ残して、訳も言わずに足早に此処を立ち去ってしまった。

それに対して、予想通り不機嫌になった村長が今度こそ僕達を追い出す。

「追い出されちゃったね……ごめんね……」

「うん……」

俯きながら歩く僕を見て続けて僕に問う。

「何か、考え事?」

「いや、ちょっとね……」


地震……か……。

それはまだいい。確かに気になるのだけれども……。

それよりも僕の頭を満たしていたのはラルフさんの発言だ。

『面白いお話』というと、本当に興味をそそられたのだろうか。世界中を旅した男が? こんな喉かな村の噺に?

ただ簡単なとっかかりではあるものの、ラルフという人間の雰囲気から、そのようなことをいうような人間には思えなかった。


――ちょっと待て…………。

距離が離れているというのに魔力探知に特段大きな反応が引っ掛かる。

……流石に大きすぎる。これまでの人生でここまで大きな化け物染みたものは見たことが無い。ただの人間を除いて。

まずい。これが、人間に敵対するものの魔力なのであれば、この村、いや、この大陸の四分の一が滅びても可笑しくはない。

急がなければ、と考えたときにはもう自分の足は動いていた。

いや、一歩を踏み出した、その瞬間のことだった。

――ズズズズズズズズズズッ!

再び地響きが鳴る。途端に地面が揺れ始める。

――大きい…………。

いや、大きすぎる。本当に噴火が起きてしまいそうなほどだ。

噴火した場合のここらあたりの惨状を思い浮かべてしまう。

色々、複雑なことが絡み合って、良く分かんないことにはなってはいるのだけれど、一つだけ言える事があった。

この状況は、決して良くはない。いや、かなり不味いということだった。

さっきまで止まっていた足を再び動かす。

「ねぇ、ちょっと!」

「ごめん、ちょっとそこで待っててくれる?」

「待って!」

足早に追いかけては来るものの、年齢は同じでも男と女ではやはり体力には差がある。それを示すかのように、僕とミラクサの距離はどんどん遠くなっていった。

この村の住民を見たところ、この反応に気が付いた人間はいないようだ。詰まる所、何かが起きても対処はできない。

ならば、僕がやるしかないではないか。

茂みを走り抜ける。生憎、師匠には最低限の体力も鍛えられてたんだ。魔力源まで体力が尽きることはないだろう。

着くまで、あと少し。この時間さえも勿体ない。何が起こるか分からないから魔力を練っておこう。

魔力循環を加速させる。未知なる脅威に、僕の体はこれまで以上に気を張っていた。

茂みを抜けたとき、ちょっとした開けた場所に着いた。

驚くほどに何もない、ただそう見える。

ただ、ちょっとしたそこそこの大きさの岩が埋まっているだけ。

そう、岩だ。

「ちょっと、速過ぎ…………」

ミラクサは息を切らしながら走ってきたかと思えば、膝に手をついて動けなくなっている。

「何があったの……」

「隠れてて!」

半ば、怒鳴り声になってしまい、怯え、茂みに身を隠す。

ここで、やるしかないか……。

このまま放っておいたらどうなるか分からない。

僕は空間魔法を解いて、魔法杖を取り出し、岩に向かって軽い土魔法を放った。

「ちょ、その杖って……岩に対して何を……」


――――ゴゴゴゴゴゴゴッ!

地面から岩が盛り上がる。僕の魔法ではない。

どんどんその高さは増し、遂には人型となる。

「流石にでかいな……確かにこれだったらね……」

久しぶりに魔力消費の大きな飛翔魔法を使う。

目の前に聳えるのは火山の半分くらいの高さにもなるゴーレムだった。

師匠から聞いた事がある。数百年前に発展した技術。


その時代には魔法を使える人間は少なかったそうだ。

だから、使える人間が【ゴーレム】を量産し、様々な集落に置いた。

その種類も豊富で、狩り、調理、畑仕事、金属の精錬……そんな所謂【お役立ちゴーレム】がたくさんいたんだそうだ。

だが、ゴーレムもそんな平和な生活用のものだけではない。時代が進み、争いごとが増えてくると、【戦闘用ゴーレム】と呼ばれるという存在も増えてきた。


おそらく、目の前のものはそれだろう。

なかなか、昔の人間も酷なことをするんだな……。

魔法杖を向け、土魔法を放つ。


――土壮撃【グランドグラウンド】。

杖の先端から放たれる土の塊は伸び続け、ゴーレムの胴辺りに直撃した。が、

「……やっぱり、ダメージは無さそうだな」

岩でできた体に多少土がこびり付いただけで、体がよろめくことも、ましてや、傷がつくだなんてこともなかった。

今度は自分のターンかとでも言っているかのように、ゴーレムは自分の腕をこちらに振り回してくる。それから身を守るために、自分の高さまでに魔法で地面を盛り上げ壁を作る。

普通それは壊れるようなものではない筈だった。今までも、凡その剣撃だとかは防いできたし、魔法だって守ってきた。

だからこそ、今自分の目の前に広がっている光景は信じられなかった。

土壁は確かに、一瞬だけ攻撃を防いだ。だが、刹那先、土壁は衝撃に耐えられずに壊れてしまいそうだった。

それを一瞬で脳が判断し、逃げようとする。

それでも間に合わない可能性を踏まえて、受け身をとる。

遂に、土壁は壊れて僕の身は吹っ飛ばされてしまった。直撃こそしなかったものの、土壁が間になければ一瞬で吹き飛んでいたのだろう。そこまでのダメージを追った。

だが、ここで動けなくなるわけにはいかない。

走馬灯ではない筈ではあるのだけれど、記憶が掘り起こされる。

それは、とある村に居たときのことだった。


***

その村では、ゴーレムが未だ活発に動いており、村人の生活の中心に位置しているほどに働いていた。

その村の中を歩いている時、好奇心が旺盛でまだ子供である自分は疑問を口にした。

「ねぇ、師匠。あれってお役立ちゴーレムだよね?」

「あぁ、そうだね。未だにここまで働いているところは他には見たことが無いかもしれないな」

「そうなの? じゃあ、戦闘用ゴーレムは?」

「戦闘用ゴーレムか……そうか」

そこまで言うと、師匠はそこから暫くなんも言わずに僕を近くの空き地に引き入れたかと思うと、やっと口を開いた。

「――戦闘用ゴーレムは、人間を殺すためだけに作られた【兵器】。それ以外の何でもないんだ」

何時にも増して、師匠の眼差しは冷静で、真っ直ぐで、それでどこか熱を帯びていた。

「だから、今でもこれを人を傷つけるために使う人間は沢山いる。そういう人間に対応するためにお前は練習しておいた方がいい」

そう言って、師匠は地面に手を付けた。

「ゴーレムの体は通常、土、岩だ。中には鉄で作られている珍しい個体も存在するが……お前にはまだ土のものでいい」

そう言った途端、地面からもぞっと這い上がるそれは、師匠の伸長を優に超えていて、僕からすると、それは……巨大、そう形容するのが正しいと思えた。

「さぁ、お前はどう対処する?」

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