第11話 異端者
「まさか、ソーカがミラルルを目指していただなんて、思ってもいなかったなー」
「うん、本当の行き先はクラウディアだけどね。その中継地点で、ちょっと用事があって寄るんだ」
「へえ……もしかしなくても、ベルキュート様関連だよね?」
「勿論だよ。僕の旅の目的は師匠を知ることなんだから」
「そっか……」
ミラクサと目的が一致したことで、僕たちはミラクサの故郷であるミラルルに一緒に向かうことになった。
レルバを出てから、深い森の中を進んでいるが、山を越えることはないのでまだ快適な道中だと言える。
「あ! ほらあれ見て!」
どんどん歩いていくうちに少しずつ木々の数が少なくなっていき、段々と地面に傾斜ができていく。
小走りになるミラクサを見て、いつの間にか自分の歩幅も狭く、速度は速くなっていた。
「おお! これは凄い!」
目の前には大きな山々と、一際大きな岩山。それと遠くに小さな村があった。
その周りは全て青々とした森が囲んでおり、まさに壮大という言葉で表せるほどに圧巻させられる景色だった。
「ほら、あれがミラルルだよ!」
彼女は遠くに見えるその村を指差している。
「私がいつも村に戻るときに目印にしている場所なんだ。あの大きな山はソグラ火山。百年に一度大きな噴火をするとされる火山だよ」
「え、ミラルルは火山の近くにあるけど噴火が起きても大丈夫なの?」
「うん。村長曰く結界が貼ってあって、噴火した時のための策はあるみたい。被害もそこまでないって」
へぇ、と感嘆を漏らす。
ここまで大きな火山が噴火してしまったらここら一体は消し飛ぶ。
それを見越した上での策があるということなら、少し気になるな。
――――ピーヒュルルルルルルッ!
空に響く高い鳴き声。それには聞き覚えがあり、直後に見覚えのある生物が空を舞った。
「あれは……フルマーだね。でもなんか、様子がおかしいような……」
よくよく見てみると、少しよろめいている。かと思えば、段々と飛行高度が低くなっていた。
「行ってみよう!」
空を見上げながらフルマーを追う。その高度距離は段々と狭まっていき、最終的にフルマーは岩場に羽を下ろした。
「これは……」
かなり弱っている。羽に傷があり、出血もある。ほっといておいたら間も無く骸になってしまうだろう。
「えーとえーと……」
ミラクサは出会った時のようにバッグを探り、薬草を取り出した。慣れた手つきで乳鉢ですりおろしている。
僕の方はというと、鞄から水とバルタを取り出し、千切って口元に寄せた。
フルマーは嘴でそれを突っつく。良かった。ものを食べる体力は残っているらしい。
そしてミラクサが緑色の固形物をフルマーの傷口に塗り込む。多少の抵抗の様子は見せたが、彼女が素早く包帯を巻いてくれたおかげで、こちらが怪我を負うことはなかった。
「郵通で利用されているものではなくて、野生の個体みたいだね」
「うん。多分だけど、危険な空の魔物に襲われでもしたか、それかそれと勘違いした冒険者に間違えて攻撃されてしまったんだろう。フルマーは温厚だからね」
フルマーは暫くこちらの様子を伺っていたが、少しすると、まだ傷が癒えていないその羽を伸ばした。
「あ! ちょっと! まだダメだってば!」
……いや。
「着いて来い……ってことだったりしてね」
深い深い森の中。フルマーの後を追う。
フルマーは度々こちらが迷わず着いて来れているか確認しながら木と木を飛び移りながら進んでいく。
段々と、水の流れる音がしてくる。
「私、どこに連れて行ってくれているのかわかった気がするよ」
そう、うきうき気分で言うミラクサ。
水音は軈て大きくなっていき、視界は明るくなってくる。
茂みを抜けたとき、綺麗な水が流れる水辺に出た。フルマーはもう痛みが引いたのか、元気に飛び立つ。
「ほら、あれ見てよ!」
ミラクサが指差す先には、作りたての巣と雛が居た。
「フルマーはこれを見せるために着いてきて欲しかったんだよ。余程私たちのことを信頼しているみたい」
「なるほどね」
羽音を鳴らしながら雛に食べ物を分け与えるフルマーを見て、懐からもう一つバルタを巣の近くに置いておいた。
その日、僕たちは長く歩いていたこともあって、フルマーに連れて来られた巣の近くの水辺で野営することにした。
「じゃあ、見回りは交代制ね。ここらの辺りには危険生物はそうそういないと思うけど、念の為用心しておいた方がいいからね!」
そう言って、ミラクサは僕の睡眠を促すかのように寝巻を差し出した。多少の不安はあったが、それに甘えることにし、木にもたれかかり、眼を瞑った――。
――ガサッ。
不意な物音に一気に目が覚める。
どれくらい寝ていたのだろうか。ミラクサはいつの間にか寝息を立てていた。
しょうがない子だなと思いつつ、では先程の物音は何なのかという疑問に帰結した。
辺りを見回すと、茂みの奥で何かが動いているようだ。
――。
――?
「――なに?」
その声にミラクサも目を覚ます。自分が寝ていたことに気づき、慌てて飛び起きた。
次に、僕が茂みに視線を向けていることに気づき、彼女も注意を向けた。
――ガサガサガサッ!
飛び出てきたのは、腰に剣を携えた冒険者のようだった。
「なんだ人かぁ……」
そうミラクサが安堵の言葉を口にする。
――いや、何かがおかしい。
「うゔぁ……グギッ……」
人間のものとは思えない言葉を発した刹那、剣鞘から鉄の刃を露わにする。
ミラクサの襟元を掴み、背後に引っ張る。「うわっ」と驚嘆の声をあげ、刃先は彼女の目の前に振り下ろされた。
「様子がおかしい。意識がはっきりしていない」
「も、もしかして……」
「あぁ、恐らくは……」
目の前の得体の知れない何かは振り下ろした剣を再び持ち上げている。
「こいつはゴースターだ」
何処か苦しそうな表情を浮かべる人間。でも死んでいるのだからどうしようもない。
相手の得物は剣だ。距離を取れば対処はできるが、こんなに近いとまず離れなければいけない。
ただそれではミラルルが……。
そんな思考を巡らせているうちに、今度は自分に向けて刃物が振り下ろされる。
「――チッ……」
埒が開かない。少し手荒にはなるが……。
――――。
…………!?
――ズドドドドドッ!
既所で相手へ出力していた魔法土塊を自分の回避へ全振りする。
一瞬の意思変化のために、回避のために地面から生み出された土壁のコントロールが精密でなく、身は大きく吹き飛ばされてはしまったが、安全に着地をこなす。
「あ、え、どうしたの? ソーカ……というか、今の魔法の威力……」
状況を飲み込めないミラルル。それよりも……。
僕は一歩ずつ、ゴースターに歩み寄る。
「な、何やってるのソーカ! 危ないよ!」
彼女の必死に呼び止めようとする声があたりに響く。だが、その願いは虚しく、僕の歩幅を狭めることはなかった。
一歩ずつ、一歩ずつ。
するとゴースターも、こちらに敵意がないことに気付いたのか、将又体力を消耗し、疲れ切ってしまったのか、剣を地面に落とした。
「……どこ?」
ゴースターは姿勢を屈める。
鋼鉄の胸当て。その隙間に何かがいる。
「ちょっとごめんね……」
そう口にして、隙間に手を入れてみる。
何かを掴んだ感触を得た後、それを引っ張り出した。
「それは……ジュネルド……?」
気づくと後ろにミラクサが立っている。
「ジュネルドって?」
「よく洞窟だとかにいる指一本分くらいのサイズの虫だよ。人間から血と共に魔力を吸い出す魔物虫で、咬まれた箇所は痛みを伴うからすぐ気づくんだけど……ここら辺の森は暗い場所があるから生息しててもおかしくはないよ」
「なるほど……」
取り出したジュネルドを森の奥へと投げる。
――――――。
「――うん」
そう和やかに微笑んで見せた。
すると、ゴースターから何か半透明の影のようなものが浮き上がったかと思うと、空遠くへ飛んで行ってしまった。
「あ、行っちゃった」
「行っちゃったって……何が?」
「え? 見えなかった?」
「何か居たの?」
僕だけだったのだろうか。
「というか、聞きたいことが山ほどあるんだけど!?」
「え、ちょっ……とりあえず、この人を何とかしようよ。ちょっと可哀想だから……」
「……そうだね……」
目の前に倒れた仏様に近づく。
「ごめんなさい……」
懐を探ってみる。
「――やっぱりあった」
「それって……」
取り出したのは一枚のカード。
「ロックルのギルドの冒険者証だよ。まだ近くなのと、身なりからもしかしたらとは思ったけど……恐らく冒険の途中で魔物に襲われて事切れちゃったんだ」
「なるほど」
「問題は、これをどうするかだね。僕たち二人でこれを運ぶのはきついし、今からロックルに戻るのもな……」
どうにか頭を巡らせる。
――――ピーヒュルルル!
気づくと、上空でフルマーの親鳥と雛鳥が飛んでいる。
「……そうだ!」
「何か思いついたの?」
「うん。ミラクサ、あのフルマーをここに呼べない?」
「やってみる」
ミラクサは指笛を吹き、フルマーに合図を送った。すると、フルマーは急降下し、彼女の腕に止まった。
「フルマーは音に敏感なんだ。郵通の時にはこうやって指笛を吹いたりするの」
「おぉー! 凄いね……あ、ちょっと待ってね」
僕は日記帳の一ページを破り取り、文字を書いて冒険者証と共にフルマーに持たせた。
「これをロックルのギルド迄持って行ってくれるかな?」
フルマーは言葉を理解したのか高く飛び上がった。
それを見て僕たちは休んでいた場所に戻る。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。フルマーは知能が高いのもあって郵通に利用されているんだから」
「ミラクサは物知りなんだね」
その言葉に彼女は少し機嫌を悪くしたかのようだった。
「いやいや、ソーカほどじゃないよ。何あれ、土魔法なの?」
「え、そうだけど……」
「はぁ……そんな当たり前みたいに……それと、さっきなんでジュネルドが付いてるって分かったの? まさか防具の隙間から見えたとか?」
「え、なんでって……聞こえなかったの?」
その言葉に彼女の足が止まる。
「何が? 何も見えなかったし聞こえなかったよ。ただ目がおかしくなった死体がとんでもない声を出しながら襲いかかってきただけじゃん……まぁそれだけで異常だけど」
「え? だって、『助けて』って……それに、『ありがとう』と、ゴースターが自分で言っていたじゃないか……」
「え、そんなの聞こえなかったよ。聞き間違えじゃないの?」
ミラクサの目は至って真剣そのものだった。嘘をついているとは思えない。
「え、じゃああれは……」
「ソーカ、もしあなたが言っていることが本当なのなら、貴方はゴーストと意思疎通ができて、姿も見えるってことになるんだよ?」
僕が……ゴーストを?
「まさか、そんな……」
「疲れてたんじゃないの?」
そう口にして、彼女は再び歩み始めたが、僕はそこで歩き始めることができず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。
「僕が、おかしいの?」
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