第10話 ただ一緒に冒険しただけの人間

その日、僕らはもう遅い時間であるということもあり、近くの宿で夜を明かし、次の日に旅立つことにした。

勿論ミラクサとは別の部屋を取ったが、少しよそよそしくも、距離を詰めてこようとする彼女の態度に、何処となく気持ちの高鳴りを覚えていた。

そうしてミラクサと宿を出る。

「ソーカはこれからどうする?」

「僕はとりあえずピルターさんのところに行こうかな」

「そう、じゃあ一緒について行ってもいい?」

「ん、ミラクサが行きたいならいいよ」

「ありがと」

少しだけ頬を赤く染めるミラクサの手を引いて、昨日の酒場へと向かう。

どうやら昨日の一件でちょっとした騒ぎになっているようで、街の中を歩く僕たちは視線を集めているように感じた。

それに見向きもしないように、一直線で目的地へと向かう。

「こんにちは」

「いらっしゃい……おや昨日の……」

昨日と同じように、店内を見渡す。昨日と同じ程度の人数。顔触れも昨日と変わっていないように思える。

ただ今日は、ピルターさんはカウンターではなく円形のテーブルにある男性と座っていた。

その上その男性は見覚えのある。

ピルターさんがこちらに会釈するのを見て、赤髪の男性は僕たちの存在に気づいた。

「あれ、昨日の……」

「こんにちは。僕はソーカ、彼女はミラクサと言います。昨日はありがとうございました」

「いやいや、ロックルの治安を守るために当然のことをしたまでだよ」

「なんだお前ら、面識があったのか?」

どうやら今日は酒を飲んでいないらしい。やけに声のトーンが落ち着いて、全体的に厳かな雰囲気を漂わせている。

「面識というか、昨日違法な値で物品取引していた露店商がいたからちょっと懲らしめただけさ。ごめんね、お金はこの町のルールで戻ってこないんだけど、君たちが取引してくれたことで彼を檻に閉じ込めていられる確実な証拠を取れた。」

「いえいえ、こちらこそあのまま泣き寝入りは酷でしたので……」

「あぁ、申し遅れたね。僕はキラハナ。この街でギルドマスターをしているよ」

「ギルドマスター!?」

ミラクサはそう大声で復唱した。

「なるほど、お偉い様でしたか……」

僕は頭を下げ、姿勢を低くした。それを見て、我に帰ったかのようにミラクサも頭を下げる。

「はは、やめてよ。ここでは堅苦しいのはナシだ。君、ベルキュートの弟子なんだって?」

「あ、そうです」

「ふーん、なるほどね。あいつ連絡もなしに死んだっぽいからな……。それで、君の師匠について知るために旅をしてるってピルターから聞いたけど」

手を前に出し,ピルターが話を遮る。

「正確には、アルガスからの手紙にそう書いてあった。勘違いするなよ。感謝するならアルガスにするんだな」

「アルガスさん……」

最後まで優しい人だ。そこまで根回ししてくれるだなんて。

「それで、知ってることまでは話してあげるよ。昨日のお詫びだ。と言っても、何回か酒を酌み交わした仲っていうだけだけどね」

なるほど、詰まるところこの人はベルキュートの友達に値する人なのだ。

今までコップを磨いていた筈のバーテンダーがどのタイミングで注いだのか分からないキュールジューセを二つ持ってきた。

……冷たい。味もまだ濃い。中に入っている氷はまだ溶け始めだ。本当にいつ注いだのだろう。不思議なものだ。

「まず……何から話すか迷うからとりあえず君の知ってることを話してよ」

「知っていること……ですか?」

知っていること……知っていること……知っていること……?

「……強いこと?」

それを聞いてキラハナさんは一瞬呆気にとられたが、口に含んでいた水を吹き出してしまった。

「おい! 汚いぞお前……」

「あははははは! ごめんごめん、そっか本当に何も知らないんだね」

顔が紅潮するのを感じる。それをなんとか抑えようと、すぐさま発言に補足をした。

「でも、魔術都市クラウディアのテラント魔術学校に在籍していたことは把握しています」

「……ふむふむ、なるほどね。それは知っているんだ」

それでも、やはり知らないことの方が多いことは明瞭だった。

「そうか、本当にどこから話すか迷うな……うーん……よし、ではまず僕とベルキュートの関係性から話しておこうかな」

そうして、キラハナさんは話し始めた。


「僕とベルキュートとピルターは、一時期一緒にこの街で一時期冒険者をやっていたんだ。ピルターは戦士、僕は剣士、ベルキュートは魔術師でね」

「ピルターさんもですか!?」

「あー、この人これでもこの街で一番強いよ。今は変なことしてる変な人だけど」

「おい、お前何を……」

「まぁ許してよーいいだろ?」

「……」

キラハナさんは容赦なくピルターの背中を数発叩く。かなり鈍い音が響いてはいるが、ピルターさんは痛くはないようだ。

「それでね、僕たちはめちゃくちゃ強かった。だから僕はこうしてギルドマスターやってるんだけどね?」

少し誇らしげに話すキラハナさんをピルターさんは鋭い眼光で睨みつけていた。

「でも、冒険者としての生活はあまり長く続かなかったんだ」

さっきまで自慢げに話していたキラハナさんは一気に寂しげに話し始めた。


***


「は? 冒険者をやめるって……一体またなんでだよ……」

「キラハナ、ごめん。俺はやりたいことができた」

「おいベルキュート、訳くらい話したらどうだ。キラハナも俺も納得はいかねえぞ」

「その時が来たらまた言う。それ迄、申し訳ないが何も聞かないでくれ」

「おい! 待てよ!」


***


「そう言って、ギルドからも登録を解除して何も言わずに出ていっちゃってさ。ベルキュートがクラウディアのテラントに成績トップで入学したって聞いたのはそれから暫くしてだったな……」

キラハナさんは一口水を口に含んだ。先ほど吹き出してしまったからなのか、それはすぐに喉を通してしまう。

「あいつはね、魔導の生徒だったんだ」

「魔導の生徒?」

「魔導の生徒、魔導教生って言うんだが、テラントの中でも特に優秀な人間は、テラント、クラウディアの中で一番の実力者である魔導と呼ばれる魔術師に魔法を教えてもらうんだとよ」

「なるほど」

魔導か、一度会ってみたいものだ。

「そんでその魔導教生の中でも飛びぬけて魔法ができたらしい。実技は勿論なんだが、特に凄かったのは座学だ。あいつの生み出した魔法は数知れず、魔法の独自手法である魔法概論と魔力の体内胴体及びその作用に関する魔力概論はこの世界にとてつもない変革をもたらしたと言われている。剣士である僕や戦士であるピルターには理解できない部分が多いけどね」

「まぁ、そんなあいつが唯一魔法を教えた存在もお前さんだけなんだけどな」

「え、そうなんですか?」

「あぁ、あいつはテラントに入学、旅に出てからもお前の他に旅に同行させた人間や魔法を教えた人間を俺らは知らないし、untitled journeyの手記にも書かれてはいなかった。というか、お前の存在自体書かれてはいなかったけどな」

知らなかった。それだけ魔法ができたというのに、僕以外に魔法を教えることはなかったとは。

「それで、ベルキュートがテラントに入学してから学んでいたのは何も魔法だけではない。とくに彼が熱心に研究していたものがある」

「それは何ですか? もしかして、歴史とか?」

「そんなごく普通の学問ではないよ。ソーカ君は【ゴースト】と呼ばれるものを知っているかい?」

「ゴースト……? 聞いたこともないですね」

「そうか? 意外だな。てっきりベルキュートから教わっていたものだと思っていたが……」

僕は師匠から様々なことを教わった。それは世界の大陸などの地理的なことから、魔物の生体に至るまで幅広く、だ。そんなに幅広い分野の見聞を広めさせられていたというのに、師匠の研究分野であるゴーストに関する知識だけは教わっていないなんて、不思議なこともあるものだ。

まるで、意図があってそこから遠ざけていたかのようだ。

「ゴーストというものについて説明しよう。ゴーストは魔物の一種として扱われることもあるんだが、特殊なものでね? それらに実体がなく、人には見えないということもあるんだが、本来人間に危害を加えるようなものじゃないんだ。そんなこんなで、彼は【霊族学】としてそれを学んでいたようだけどね」

「霊族学……ですか……」

「ただ、そのゴーストにはある重要な性質があって、死んだ人間に乗り移ることが出来るんだ」

死んだ人間に……?

「なんだか、蘇りみたいですね」

「そう、そこなんだ。ゴーストが乗り移った死体は【ゴースター】と呼ばれ、ゴースターになると人に危害を加えるようになるんだ。ただ、そこに死んだ人間の意思はなく、ただふらふらと地上を彷徨う存在となるらしい。そんなこんなで物好きからは研究対象とされるような存在なわけさ」

「それを師匠は研究していたんですね?」

「そういうこと。テラントには霊族学研究室というものがある。恐らくまだ無くなってはいないと思うから、もっと知りたいのであればそこに行くといいんじゃないかな」

「なるほど……」

そうして、キラハナさんは椅子に深く腰掛けた。

「僕が知っているのは少ないけれど、ここまでかな。流石にもう何年もあってなかったし、手紙でしかやり取りをしていなかったから、流石に旅の目的だとか大それたことは知らない。ただまぁ、十中八九霊族学の研究か、魔法の創作とかだろうけど」

「そうですか……最後に一つだけ」

「なんだい?」

「僕って、誰なのか知ってます?」

普通だったら口にしない。ただ、ミラクサに問われてからずっと喉に突っかかっていた。

「随分と不思議なことを聞くんだね。知る訳ないさ。ただ、少なくともベルの子供ではないね。あいつに愛人などいない」

「……何故そう思うのですか」

キラハナさんはどこか遠くを見つめ、笑みながら言い放った。

「ただの勘だよ。ベルキュートと言う人間と数年間だけ一緒に冒険した人間の……ね?」


コップに残る、氷が溶けてしまい薄くなったジューセを喉に一気に流し込む。

それは特に美味しいと言えるものではなのだけれど、乾いた喉を潤すには適していた。

「ありがとうございました。飲み物まで頂いて……」

「いいんだよ。君はベルキュートが遺したもののうちの一つでもある。それに彼から最後に送られてきた手紙に書いてあったんだ。『この世界は助け合いでできている』ってね。それよりも旅、頑張ってね」

何処か聞き覚えのある言葉に思い出せない懐古すら覚えてしまう。

「ありがとうございます!」

キラハナさんとピルターさんに挨拶を交わし、酒場を出た。


この街でやることは終わった。

旅というものは用が無くなった街からはさっさと離れるものだ。

それは、同時に、旅の仲間にも言える事である。

「それじゃ、ここでお別れかな」

門の外に出た時に、切り出したのはミラクサだった。

「そうだね、長いようで短かったね」

「そうだね….…ありがとう。色々と助かった」

「こちらこそ」

なんだか照れ臭い。一日二日だけど、一緒にいた仲だ。友達って言ったっていいだろう。

でも、そんな関係性もここで終わってしまうかのような、そんな寂しさが纏わりつく。

「これからどうするの? 私はいったん自分の村に戻るけれど……」

「僕はとりあえずミラルルに行く予定なんだ」

それでも、僕は目的地へと進むものだ。

例え、友達と別れることになったとしても。


「え……」

……?

走る静寂。驚いた表情を見せる彼女。何か、まずいことを言ってしまったかと不安になる。

「どうしたの?」

「ミラルルは私の住んでいる村だけど……」

「……え……」


どうやらお別れというには少し早かったみたいだ。

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