第7話 港町レルバ
「んーと、バルタが大体二週間分と果物野菜が一週間分くらいか……途中で買い出しが必要かな……っと、危ない」
海鳥がバルタ目掛けて突っ込んでくる。鳥もパルロッタの生地を主食とするから食べられては仕方がない。
バックのボタンを止め、取られないように仕舞う。
「さて、あとどれくらいで港だろうか。大陸はこちらの方向であっていると思うんだけれど……」
不意に電流のようにピリッとした感覚が体に伝わる。
「この反応は……魔物か」
魔物は魔力を纏う生き物の総称である。全ての生き物は魔力を持って生まれてくるが、魔物は特に魔力量が多く、魔力をエネルギーとして生きている。
気づいた時には周囲を多くの個体が囲んでいた。
ヒレがあり、ツノがあり、その細長く大きい体で獲物を逃さないと言われている魔物。
「……レクターシャってやつ? それにしても多くない? ここまで数が多いと困るよなあ……少し手荒にはなるが……まあ、いいか」
体の中で魔力を動かす。
思い通りに動く魔力は次第にパチパチと音を立てて体から漏れ出し、更に弾ける。
練られた魔力を具現化させるイメージで放つ魔法。
「
ビリビリビリッ――!
衝撃波と共に周囲に電流が走る。
それは水を導線として更に距離を数十メートルまで拡大させた。
「まぁ、こうなるよなぁ。海だもんな」
通常、海は水に塩が溶け込んでいる。水はものが溶けると電気を通しやすくなると言う性質があるのだ。
なので、雷が鳴っている時に水溜まりに入ったりするのは万が一雷が落ちてしまった時に危険なのだと、師匠から教えてもらったことがある。
その危険性を示すかのように、周囲にはレクターシャと近くを泳いでいた魚の死骸が浮き上がった。
「まだできるかな……」
頭の中で空間をイメージし、そこに周囲の残骸を詰め込んでみる。
「おぉ、できたできた。やっぱり便利だよな、空間魔法は」
それにしても多いな。海の周りには危険な魔物が多いと聞いてはいたけれどここまで多いとは思わなかったな。並の人間だったら食べられて終わりかもしれない。
「……お、見えてきた」
僕の視線の先には、灯台のある港風景が広がっていた。
***
遠くで何やら声が聞こえる。ちょっとした騒ぎになっているようで、僕が岸に近づけば近づくほど人だかりは大きくなっていた。
「おい! 子供が一人で海を渡ってきたぞ!」
「坊や、こっちまで来な!」
そうされるがままに櫂で漕いで船着場に辿り着いた。
「怪我はないかい?」
「よく渡ってこれたな……よほど運が良い」
どうしようか揺蕩っていると、「どいたどいた」奥から人を掻き分けて、男性が前に出てきた。
「……こりゃあ傑作だ。坊ちゃん、とりあえずうちに来な」
「ちょっと、アルガス。なんでお前が――」
「こいつは俺の客だ。黙ってろ」
アルガス……何処か聞いたことのある名とその怒声に喰らい、手を引っ張られて、近くの白煉瓦の家に入った。
「さて、ソーカの坊ちゃん。色々と話を聞こうか」
「え、なんで僕の名前……」
「お前さんの師匠には世話になってな……というか三年も経てば一度会ったきりの顔なんかガキは覚えてねえか……」
そう言って男は僕にキュールジューセを差し出した。
「俺はアルガス。ここ港町レルバの船乗りさ。三年前、ベルキュートさんに船を直してもらったお礼として、お前さんとベルキュートさんをアストラルへ連れて行った人間だ。と言っても、レクターシャの少ない時間に行って、お前は寝てたから覚えてないかもしれないけどな」
アルガス……アルガス……、確かにそんな名前の人もいたような気がする。
「その節はありがとうございます。お陰で師匠の目的地に辿り着けたみたいで……」
「良いってことよ! それより、お前さん、また旅を始めるのか? ベルキュートの爺さんはどうしたんだ?」
「あ……その……二年前に亡くなりました……」
「……そうか、老いには勝てなかったんだな……」
アルガスさんは目を細めて言った。
「あ、いえ、どうやらサクラギの病という病気に罹ったみたいで……」
「サクラギ……? 何処かで聞いたことがあるな……」
「え、本当ですか!?」
僕が机を乗り出してまで聞いたからか、アルガスさんは見かけによらず少したじろいだ。
「あ、あぁいや、何処かまでは覚えてねぇ。ここは帝都からもクラウディアからも離れてるんでな……詳しいことはわかんねえが、その病気にかかった人間を他で見たことがある。確か、ミラルルだったか……待ってろ」
そう言って、アルガスさんは後ろの木製戸棚から折り畳まれた紙を取り出して、机の上に広げた。
「ほら、この地図で西南西端にあるのがここレルバだ。そんで真ん中にクラウディアがある。お前さん、何処に行くんだ?」
「あ、とりあえずクラウディアに行こうかと……」
「それならまずはクラウディア南西にあるミラルルを目指してみると良い。そこは一応港都市キーシャとクラウディアとの中継地点だから、そこからはクラウディアへの道は整備されてるしな」
「なるほど……ありがとうございます!」
「良いってことよ! と言っても、ミラルルまではかなり離れてる。ここから二週間はかかると思うが……」
「大丈夫です。物資は意外とあるので……それよりなんですが、ここら辺りで広いところってありますか?」
「ん? それならこの家の裏手はそこそこの広さの空き地だが……」
「わかりました。ちょっと来ていただけますか?」
「お、おう。わかった」
家の裏手、空き地のスペースを確認して、空間魔法を解いた。
それと同時に、空き地にレクターシャと数種の死骸の山が積まれた。
「これらを買い取れるところを探しているのですが……」
「ちょっと待て……まさかこれ全部レクターシャか……?」
「ちょっと不純物が混ざってるかもしれませんが、凡そはそうです。囲まれちゃったんで魔法使ったらみんな倒しちゃって……」
「倒しちゃってって……最近ここらの海でレクターシャの群れを見たって情報があって、ギルドかなんかに依頼しようと思っていたが……これ程倒されたんだったら十分だな。……よしわかった、俺は船乗りだから買い取れないが、買取手は心当たりがあるから手紙を送ってみるよ」
「本当ですか!? 何から何まで何とお礼を言ったら良いか……」
僕が深々と頭を下げるのをみてアルガスは動揺した。
「いやいや、本当はこっちがお礼を出さなきゃいけない立場だ。頭を上げてくれよ……ただ、手紙の返答が届くのが明日の朝以降になると思うから、そこは許してくれよ」
「明日!? 手紙ってそんなに早く届くものなんですか?」
「ん、お前さん、フルマー郵通を知らないのか? あれだよ」
アルガスは青空を指差した。
日の光に耐えながら目を凝らしてみると、何やら黒い影が見える。
その正体を見定めようと試みていた時、空から紙切れが落ちてきた。
それを空中でアルガスは難なくキャッチした。
「こんな感じで、フルマーっていう空の魔物を利用して、手紙を届ける仕組みがあるんだ。えーっと……? 『魔獣狂暴化に関する情報』だってさ。物騒なこと最近多いよなぁ」
僕が目を丸くしてその様子を見ているとアルガスは手に持った紙を僕に差し出した。
魔獣凶暴化に関するお知らせ
近年、エルミラ大陸を主に、魔獣が凶暴化すると言う現象が多発しております。
原因は未だ不明ですが、概要は以下の通りです。
1対象魔獣より、過度な魔力漏れの発生
2眼光が赤く染まり、普段より凶暴になる
これらの原因として、魔獣が過剰に魔力を生成してしまうことが考えられていますが、そのメカニズムに関してはよくわかっておりません。
つきましては、このような魔獣を見かけたら絶対に近づかずに、近くの国衛軍部やクラウディアテラント魔術学校へのご報告をお願いします。
テラント魔術学校魔物研究部生態研究室
「魔獣の凶暴化ですか……それも魔力のオーバーフローが原因で……?」
「坊ちゃんも気をつけな。もう既に凶暴化した魔獣によって壊滅した村だとかもあるみたいだからな」
もしかして、レクターシャが群れで襲ってきたのにも関係あるのだろうか。
……まぁ、僕が考えることでもないか。
「そういえば、ソーカの坊ちゃん、今度はまたなんで旅をするんだ?」
「旅の目的……ですか。僕は師匠のことを本当はあまり知らないんです」
「五年も一緒に旅を続けたのにか?」
「え、五年ってなんで知ってるんですか?」
アルガスは頭を掻きながら答えた。
「いや……ベルキュート様が言ってたんだよ。五年旅してるって、本人がな?」
「そうなんですか……」
「あぁ、詰まるところ、ベルキュートという人間を知る為ってことだな?」
「え、えぇ、まぁ……」
アルガスは何か考え込んでいたが、一つ何かを決めたようだった。
「わかった……それで、ソーカの坊ちゃんは今日はどこで寝るんだ?」
「あ、考えていませんでした。宿などあればそこで眠りたいのですが……」
「それなら宿屋が広場の近くにある。今日はそこで過ごすといい。明日は船着場か家のどっちかにいると思うから、用があったら来てくれよ」
「わかりました」
言われた通り、なんとか過去の記憶を辿り、広場まで辿り着いた。
確かに、アルガスの言う通り見えるところに宿屋があった。
音を立てて扉を開く。
「すみません、ここで一泊したいのですが……」
カウンターの奥から「はーい」と返事が聞こえてくる。
「はいはい……って貴方さっきの子供じゃない。アルガスが引っ張って行ったみたいだけど大丈夫だったの?」
「はい、怪我はないです。ご心配感謝します」
「あらあら、えらく言葉遣いができるのね。うちの子にも見習って欲しいくらいだわ……。それで、一泊でいいかしら。ご飯は申し訳ないけど魔獣凶暴化が原因で物資が行き届いてないの。お部屋を貸してあげることくらいならできるけど……」
「はい、お願いします」
「わかったわ。では銀貨一枚を頂戴できるかしら」
僕は女将さんに銀硬貨を一枚手渡した。
「ありがとう。はい、これ鍵ね。お部屋は二階の突き当たりにあるわ」
背負った荷物と共に、階段を登り、言われた通りの部屋の鍵を開ける。
「――はぁ……」
一気に船旅の疲れが出てくる。
アストラルからレルバまでは距離があった。櫂を漕ぎつつ風の力を使ってここまで半日程度だろうか。
「この世界は夜が来ないからな……」
――――?
今僕は何を口走ったんだろう。
夜が来ない? そんなの当たり前じゃないか……。
だってこの世界は二つの日があって、一つが沈んだらもう一つが登って……。人間は二つ目の太陽が真上に来た時に眠るんだ。
……そもそも《《ヨル
どうやら僕はかなり疲れているらしい。考えても仕方ない。少し眠ろう。
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