第4話 ベルキュートが遺したもの

「ここら辺なら誰も来ることはないだろう……」

そうして連れてこられた場所、それはこの島の奥部に当たる場所だった。

英雄墓地の裏の茂みを歩き、辿り着いた場所。目の前には少し開けた草原に二つの木彫りの椅子がおいてあった。

ロトさんが椅子に腰掛けたのを見て僕も椅子に体重をかけた。

「ここはね、いつでも草の靡く音や鳥の声がずっと聴いていられてね、儂のお気に入りの場所なんだ……。さて、何から話そうか……そうだ、もうあの火騒ぎの件に関しては聞いているみたいじゃな」

驚いた。そこまで顔に出ていただろうか。

「ははは、ニーナさんほどではないが、儂もソーカとは長く一緒にいるからな……。島も狭いから責めはしないさ。さて、もう隠し通せないから言うが、犯人に関してだが結論から言うとこの島にはもういない」

「……どういうことですか」

「魔力の痕跡を調べたんじゃ。火元に残っていた魔力漏れはこの島の人間のものじゃなかった。それとそこからこの島全域を魔力探知に何回かかけてみたが、引っかかることはなかった」


魔力漏れ。

この世界の生物は等しく魔力を持って生まれてくる。それは勿論人間も例外はない。この世界において魔法は生活の一部だ。

そんな魔力も生きていると自然に体内から漏れ出してしまう。


だけども。

「ロトさん、魔力探知なんてできたんですか?」

ロトさんは少し誇らしげに続ける。

「まぁ、お前さんほどではないが、儂もベルキュート様に魔法は教わっていたんでな」

「そうなんですか、納得です」


ベルキュートは魔術都市クラウディアで魔法を学んでいた人間だった。

クラウディアはこの世界において【魔法の高み】とも称される都市で、世界中の魔法や魔法使いがここに集まり、研究や知見を広げている。

ベルキュートはクラウディア内で更に魔法を極める者しか入れないとされるテラント魔術学校の優秀生として研究していたらしい。

そのため、ベルキュートには並大抵の人間では勝てない。いや、 才能を持って生まれた人間でも難しいかもしれない。それくらいには魔法ができて、何より


強かった。


「ベルキュート様の生み出した魔法は数知れない。その中でも魔法概論と魔力概論は格別だ。魔力探知から魔力操作まで幅広い分野で応用が効く。それだけじゃないけどな」

彼が彼の論文や文献を世に流通させ始めてからこの世界の魔法常識は戦闘魔法から日常魔法まで一変した。そこから、ベルキュートは【魔法革命者】とも呼ばれている――。

「……さて、この件はここまでにしようか。これからお前がどうするかはお前次第だが、あまり無茶はするんじゃないぞ」

「……わかってますよ」

「それならよし。あとは……あぁ、ベル様が罹った病気についてだ」

「え……何かわかったんですか!?」

「寧ろその逆だ。何もわかってはいないんだ。驚く程にね」

わかって――ない――?

「今までこの世界に流行した疫病は少なくとも一年以内には研究が進んで、原因が判明して、それに対するポーションも開発されてきたのに、二年かかっても何もわかっていないんですか?」

「そうだ。だからとても不思議なんじゃ。儂はベルキュート様が亡くなってからこれ以上の犠牲者を出さまいと、大陸……魔術都市クラウディアに病状と経過、サンプルだとかも送ったんだ。この島からはなかなか出ることができないからな。ただ、研究が難航しているからか、直近で返事が来たのは一ヶ月前じゃ。結局それも、根本的なことは何一つ書かれてはいなかったがな」

「一ヶ月前……」

「ただし、一つだけ,儂が知っていることがあるとしたらその病気の名前じゃ」

「病名……? なんていう病名なんですか?」

「儂もその病名がついた経緯は知らん。ただ、【サクラギの病】と言う名前がついた。それだけは知っておる」

サクラギの病……?

って何ですか?」

「知らんと言ったじゃろうて……。儂も聞いたこともない」

原因不明。対処方法不明。

桃斑が症例として挙げられる謎の病気。

そんな病気に師匠はかかっていたのか……。

「もし気になると言うのならクラウディアに行ってみるといい。あそこはこういうことにも通じているからな」

「……わかりました」

「それと……ここからが本命だ」

そう言ってロトさんは懐から一冊の手記を差し出した。

「お前にこれを……」


【untitled journey notes】


「これは……」

「ベルキュート様よりお前が旅立つ時、渡すようにと言われていてな」

すぐさまページを繰ってみる。


親愛なる私の弟子へ。

この手記はいつかきっと役に立つ。

その時まで肩身離さず持っていて欲しい。

それと、これは私の旅の中での努力の結晶だ。

その過程も少しばかり記してある。

ソーカ、私との思い出をどうか、忘れないで欲しい。


この本の目次であるかのように綴られた文章。

「あぁ、折角保存魔法をかけておいたのに、こんなに容易く湿らせてしまうなんてな」

気づくとページには幾つかのシミができていた。

「旅の途中で読み返してみるといい。ベルキュート様の想いに報えるように」

「……ありがとうございます」

「それとだが、その本を捲ってみろ」

言われた通りにページを捲ってみる。最初の方はどうやら五年間の日記が記してあるようだった。

更に捲ってみる。

「――ん?」

見ると、後半は白紙のページばかりだった。

「ベルキュート様曰く、それは【完成品】らしい。なので白紙のページには絶対に何も書くなとのことじゃ。」

「なるほど……」

白紙のページを見つめてみる。

――――?

何かが書かれたような跡がある……?

「これで話は以上じゃ。またここを立つ時に会おう」

「え、あの、ロトさん――」

僕がそう声をかける前に、ロトさんは元来た茂みの奥に帰っていってしまった。

「……なんなんだろう。これ」

ふと浮かんだ疑問を心の奥に押し込み、僕もロトさんの後を追った。

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