第3話 英雄墓地

「おや、ソーカ、そんなに髪の毛を崩してどうしたの。朝から整えなかったの?」

広場に再び戻ったところで、不意に後ろからニーナさんが近寄ってきた。

「あ、はい。色々あって、整える時間がなかったので……」

「全く、あんたの白い髪はきれいなんだから、ちゃん整えないとダメでしょう?」

そう言って、僕の髪に櫛を通し始めた。

対して、ニーナさんは良い人だ。師匠が死んでから親代わりでもあるかのように悉く僕の面倒を見てくれた。

いつもニコッと笑って、朝から街の皆に焼き立てのパンを届けている。

ニーナさんには旦那さんがいたらしいが、数年前にこの街を出て旅に行ったきり帰ってこないらしい。

それでも、この人は強い人なんだと常々思う。

「あら、どうしたのこれ」

不意にニーナさんが驚嘆の声を漏らした。

「髪の毛の先っぽが少し黒いわよ?」

見てみると本当に少し黒くなっている。

先程焦がしてしまったのだろうか。

「大丈夫? もしかして、さっきボヤ騒ぎがあったみたいだけど……」

「大丈夫です。怪我はしていませんので」

「そう、なら良いけど。あんたは顔立ちもいいんだから気をつけなさいよ」

「さっきから凄い褒めますね」

そう言うと、彼女は少し寂しげな表情を見せた。

「だって、今日この街を出て行ってしまうんだからねぇ……」

しみじみとした表情でそう言う。

その言葉に俯く。

確かにこの街に残っていたい気持ちもある。美味しいご飯があって、優しい皆がいて。

それでも。

「……僕は師匠が何をしたかったのか、何を残せたのか自分の目で見てみたいんです」

「……そう」

僕の揺るがない覚悟を感じたのか、ニーナさんは少し笑った。

「まぁ今日は本当に楽しむんだよ」

「はい」

いつか、僕の目的が果たせたとき、またここに戻って来よう。

そんな、まだ始まってすらいない旅の終わりを考えてしまう。

「……あ、そうだ。ベルキュート様のお墓にはもう行ったの?」

「……あ」

すっかり忘れていた。

「昼過ぎには人も増えるだろうし、今のうちに行っといたほうがいいわよ」

「ありがとうございます」

そうして僕は英雄墓地のある丘へと足を進める。

ふと、長々と続く坂を上りながら引っかかっていた言葉を呟いた。


「……僕が来た時には火は消えてたはずなんだけどな」


***


何度も訪れたことのある墓標の前で静かに目を瞑り、手を合わせる。

目の前にはたくさんの花や供物が置かれ、その数は生前の人の良さを表していた。


二年前、ベルキュートは病に倒れ、亡くなった。

その時は誰もみたことのなかった未知の病気だった。

体には桃色の模様が浮き出て、高熱にうなされる。

症状が出始めてから一年、寝たきりの状態になり、改善が見られぬまま亡くなってしまった。

幸いそれが誰かに伝染することはないようで、ベルキュートの他に病に倒れる者は居なかった。

今でもその病の真相は謎のままだ。

師匠が死んでからその病気の情報が研究目的で島の外に送られていったが、結局どうなっているかなんて誰も知らない。


「……師匠。僕は今日この島を出て行きます。師匠に言われた通り、十二歳になりましたので」

今までの思い出というものが頭の中で渦巻いて、何かが込み上がりそうになる。

「……また帰ってきますよ。きっと」

そう呟き、墓の前に一輪の黒い花を手向けた。

「ほう、レンザンカか。また珍しいものを持っているのだな」

「……ロトさん。これは僕が師匠にお願いして買ってもらったタネから育てたものです。どことなく、この花のこと好きなので」

「そうかそうか」と島の長はにっこり笑った。

「それで、やはり今日出て行くのだな」

「はい。もう決心はついてます」

「……いい顔だな。ベルキュート様も喜ぶだろう」

ロトさんも僕の隣で手を合わせた。

暫く静寂の時間が流れる。


この人はベルキュートに対してどんな感情を抱いているのだろう。

様々な大陸で様々な場所を巡って、たくさん人助けをして、そして最終的にアストラルに骨を埋めた。

彼はそれを望んでいるようだったし、亡くなった時もどこか安らかな顔で眠っていた。

そんな、外の世界からやってきた僕とベルキュートを歓迎してくれて、さらに今まで僕の面倒まで見てくれた。

ここまで、居心地のいいところはなかったかもしれない。

どうして、アストラルの皆は、ここまでしてくれるんだろう。

そんな疑問を断ち切るかのようにロトさんが口を開いた。

「……少し話をしないか、二人で色々と」

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