第2話 断然
「まぁ、そんなに落ち込むなよ。今日は鎮魂祭だろ?」
友人がコップに柑橘系のジュースを注いで持ってきてくれた。
ベンチに座り込む僕の隣に腰を下ろす。
「……そういう気分じゃないの、お前ならわかるだろ。クレハ」
「分かってるよ。けどよ? そんなこと言ったってベル様は喜ばないと思うぜ? お前がベル様を誰より慕っていたのは分かってるんだけどさ」
僕の心中を察し、クレハは励まそうとしてくれる。
でもそんな簡単に立ち直れることでもない。
「僕は今日、思い出の中の五年間ほぼ全てを失ったんだ」
「そうか、まぁそうだよな」
クレハはベンチから立ち上がった。
「……お前には言わないようにってロトさんから言われてたんだけどよ、あの火事、誰かが火をつけたみたいだぜ?」
「……は?」
思わぬ言葉に声が漏れてしまう。
「家の中に溶けた蝋が残ってた。すぐ近くの蝋燭が一本だけ取られてたって。蝋がかなり強固に接着してあったものだから誰かが故意的に取らない限り、偶々火元になるなんてありえないって話だ。……まぁ、こういうのはこの世界のきまりが何とかしてくれるんだから、あまり首は突っ込みすぎないようにしろよ。今日はこれ以上の面倒事はごめんだからな」
そう言ってクレハは去って行ってしまった。
「……ありがとうな」
口から言葉が漏れる。
クレハはここに来てから三年、ずっと一緒にいた友人だ。
正直、今まで出会ってきた人間の中でベルキュートの次くらいに信頼していた。
それでも、彼の言うことは聞けないかもしれない。
細道を抜けて、船着き場に着く。
「こんにちは、おじさん」
「おお、ソーカか。今日は鎮魂祭だよな。まだ旅立ちの時間でもない筈だが、どうした? こんなところに」
「今日は誰も海に出ていないの?」
「んーと、確か出てない筈だぞ。早朝から船のメンテナンス作業でここに居るけど、お前以外誰も会ってない」
「そう……ありがとう」
おじさんに手を振って広場に戻る。
ここは大陸から離れた孤島だ。
何故ベルキュートがここを旅の最終地として選んだかは未だに分からない。彼に憧れた旅人がたまにここに来るけれど、何もわからずに帰って行くくらいだ。
ならどうやって来るかと来たらそれは船だ。この街の船着き場はここだけ。それ以外からは周りが森に囲まれていて、整備されていないから街に入ることが出来ない。
泳いで来るなんて自殺行為。この辺りには危険な海の魔物が多い……。
つまり、まだ犯人はこの島に居る。
目的は分からない。分かりたくもない。
だけど、許せない。許さない。何があっても。絶対に。
町の人は知らない。燃えたものの中にはベルキュートが未来のために残した研究資料や、魔術書、重要歴史的文献もあった。
本人から大切に保管しておいて欲しいとも言われている。
そのことを知るのはこの島で僕だけの筈だ。
ベルキュートが死んでから、言い付け通り、そのままの状態で保存し、時が来た時に世に出すつもりだった。
それらも全部、旅の途中で集めたもの。
犯人はそれを分かっていながら恣意的にベルキュートの努力を、生きた証を、あの旅の意味を全て燃やしたんだ。
まだ、この島の中に居るんだ。
僕がこの島を離れるまでに、
絶対に、殺す。
殺してやる。
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