untitled journey

暁明夕

第1話 終わりと始まり

「私はね、名の付いた旅をしたいんだ」

今は亡き、師匠の言葉。


僕は旅というものが好きだった。

ただ行き先もなく、街道を彷徨う。

悪く言えば放浪者、よく言えば勇敢な探検家だ。

食べ物も、お金も、飲み物も、全て旅先で手に入れる。

ただ目的も無しに、そう彷徨える自分に僕は酔っていたんだ。


ただ,師匠は違った。

師匠は、何処となく、明確な目的を持って旅をしていた気がした。

僕はそれに乗っかった人間なんだ。

師匠と出会い、旅をした日々。

今思い出すと色んなことがあった。山を越え、谷を越え、砂漠を越え、海も渡った。

そうして最後の終点地、師匠の、伝説の旅人とまで呼び伝えられたベルキュートの目指す場所に辿り着けた。


だから、今度は僕が師匠の終点地である此処から僕の旅を始めてみようと思う。


***


「おはよう。ソーカ、本当に今日出ていくのかい?」

「うん、やっぱり今日がいいんだ」

「そうかい、寂しくなるねぇ」

そうしてエプロン姿の女性ニーナは顔を顰めた。

ベッドシーツを干した軒先を朝の陽射しが照らす。

程良く空気を暖める日光。旅立ちにはもってこいの天候だ。

「おばさんは僕がいなくても大丈夫でしょ」

近辺にニーナの笑い声が響いた。

「私はまだおばさんなんて言われるような歳じゃないとは思うけどね」

その声を聞きつけて隣の家の老人がやってきた。

「おや、今日もお早いですね、ニーナさん。今日もいつものを貰えますか?」

「はいはい、少々お待ちをー」

ニーナさんは奥の部屋に入って行った。

「おはようございます、ロトさん」

「おはよう、ソーカ。今日出ていくんだったか?」

「はい、一応朝からの鎮魂祭には参加する予定ですが」

「そうか、まぁ最後のお祭りを少しでも楽しんでくれ」

「ありがとうございます」

その言葉に深々と頭を下げた。


あれから三年だ。僕ももう十四を跨いでいる。

それなのに僕はまだ、あの日々のことは覚えている。

……良くも悪くも、傑作とまで言える旅の記録。

それを師匠は、


『untitled-journey』


そう名付けた。

名のついた旅をしたいと言っていた人間が、そんな旅名をつけるだなんて笑わせる。

だが、立派だった。

今では世界中でその旅名を知らない者はいないほど有名な旅人らしい。

そんな旅人も、病気には勝てなかったのだけれど……。


今日この町、アストラルでは、ベルキュートが死んで二年目を区切りとし、鎮魂祭を開催する。

街中は、多色多様なフラッグで彩られ、キャンドルが飾られている。

その中を少し見とれながらも歩いていく。

いつも見慣れた中央広場に着いた時、いつも勢いよく噴き出す噴水には紫の花弁が浮かび、それらが花筏を作り出していた。

街中は落ち着きつつも、どこか明るげな雰囲気を纏っている。

目線を落とすと、いつもと違うことにもう一つ気づいた。

「これは…………」

広場のタイル。そこには噴水に浮かぶ花弁のものだと考えられる大きな花の模様が描かれていた。

「おや、この花のことを知らないのかい?」

気づくと、後ろに村長のロトさんが立っていた。

「あ、そうですね、旅の途中でも見たことのない花です」

「そうか。これはね、ここらの地方で人が亡くなった時にその人のことをいつまでも覚えていられるようにという思いが込められている花なんだ。その花の名前はね――」

「ロトさまロトさま!」

そこまで聞いたところで子供の高い声でかき消された。

「おや、キール。おはよう。どうしたんだ、そんなに慌てて」

「大変なんだよ! ベル様のお部屋が!」

「何? ベルキュート様の部屋が?」

辺りに耳をよく傾けてみると、なんだか少し騒がしい。

それに焦げ臭い。周りを高い建物で囲まれている広場からはわからないが、何処かで黒煙が上がっているらしい。

キールと杖の助けを借りて、ロトさんはベルキュートの元住んでいた家までおぼつかない足取りで歩いて行った。その後を僕も追う。


見慣れた赤い屋根の家。二、三年前までは僕たちはここに住んでいた。その前に人だかりができている。

「どいたどいた」

そう言いながら人を搔き分けてロトさんは進んでいく。

「これは……」

「ソーカ、君の日記帳や魔法杖も……」

鼻を刺す臭い。黒い。なんだ、これ。

別に家の外観は無事だった。ただ、家の中は荒らされたように家具は倒れ、歴史書や魔術書は散乱し、部屋の真ん中には僕が愛用していた杖やローブ、ベルキュートの服や魔術書まで燃やされ、黒焦げの塊を形成している。

幸い、誰かが火は消したようで、これ以上の悪化は起こらないように思えた。

それでも、あまりにも悲惨な形容。

「だれか、一部始終を見てたりはしないのか?」

「い、いや、煙が上がっているのに気づいてから駆け付けたときには、もう……」

「酷い、こんなことって……」

家の中に未だ漂う熱や刺激臭に耐えながら、今の状況を何とか飲み込もうとしてみる。

少なくとも、ベルキュートとの思い出の品や貴重な文献、研究資料は全てもうダメみたいだった。

一年ほど、一緒に住んでいた家も壁は焦げ落ち、見るも無残な形容になっている。

どうしよう。いや、どうすることもできないだろう。

師匠から教わった魔法は大体中級のもの程度。ものの状態を巻き戻す魔法だとかは教わっていない。それに、もしそんな魔法があったとしても上級、下手すると儀式が必要なレベルかもしれない。


今の自分にはこの状況を回復することはおろか、例え魔法を習得できたとしても、その頃にはもう何もなくなっている。

五年。短いようで幼い自分には長ったらしかった、それでも一日一日がかけがえのないものであった日々。

それらが全て、焼け落ちてしまった。

駆け付けた大人たちが消火しようと水の魔法を使ったからか、家の中はかなり濡れていた。

雫の一粒一粒が落ちて、部屋の真ん中に水たまりを形成している。

こんな、二年目という大事な日に、


僕は、旅の記録を、思い出をすべて失ってしまった。

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