第3話 お前聞いたか?
映画が終わる。明るくなったスクリーンには、観客が岳登を含めて三人しかいなかった。自主制作映画だから観客が少ないのは不思議ではないが、これで経営は大丈夫なのかと、岳登は毎度のことながら心配になってしまう。
他の二人がスクリーンを後にしてから、岳登は席を立つ。少し空いた二階の窓からは、女児向けアニメの劇場版を観るために、列をなしている親子連れの姿が見えた。
一息ついてから階段を下りて出口へと向かう。階段の下には映画のチラシがラックに置かれていて、その横ではテレビが映画の予告編を流していた。そのテレビの下に置かれていたチラシに、岳登は目を留める。『Fools ヤングクリエイターズチェレンジ』通称「FYCC」と題されたそれは、若手の映像クリエイターを発掘する公募だった。三〇分以内の短編を撮影し、その中から選ばれたグランプリ作品は劇場公開されるという。
岳登は何となくそのチラシを手に取った。参加する気はなかったが、それでも審査員や賞品は気になった。
「おっ、やっぱそれ気になるか」
いきなり話しかけられたから、岳登は少しびっくりしてしまう。振り向くとそこには、オーバーオールを着た男がにやけ顔で立っていた。胸の辺りには、水色のネームプレートが留められている。「STAFF
「バッカ。別にそんなんじゃねぇよ」
「そうか? てっきり俺はまたお前が映画撮りたいのかと。お前、誕生日三月だろ? この企画って参加資格が三五歳以下だから、お前にとってはラストチャンスじゃんか」
「いや、そういうの関係ねぇし。俺はもう映画撮らないって決めてるから。ラストチャンスとかねぇよ」
「そっか。俺、お前が高校の時に撮った映画、好きだったんだけどな」
「またその話かよ。もう二〇年も前のことだろ。それよりスクリーンの掃除行かなくていいのか? 次の回もあるんだろ?」
「ああ、それなら大丈夫。まだ少し時間はあるからな」
幕間の時間は二〇分ぐらいしかないから大丈夫じゃないだろと岳登は思ったが、今観た回は観客が三人しかいなかった。掃除や準備もきっと最低限で済むだろう。
「で、どうだったよ。今観た映画は。面白かったか?」
「ああ、面白かったよ。話もそうだし。長回しが効果的に使われててさ、一時間弱の映画とは思えない豊かさがあった。特に明け方の道を歩くシーンが俺は好きだったな。今年観た映画の中でも、かなり上位に入ってくると思う」
「そんなにか。めちゃくちゃ映画を観てるお前が言うんだから、間違いないんだろうな。俺も今度休みの時に観てみよっかな」
「ああ。マジでお勧めするよ」
一階のスクリーンに徐々に観客が入り始める中、二人はなんてことのない話を続ける。岳登は映画を観るときは大体一人だったから、こうして観た後に人と話せるのはそれだけで嬉しい。
でも、市原が次に持ち出した話題で、空気は少し剣呑なものに変わってしまう。
「ところでお前聞いたか? 葵座の話」
「葵座の話って?」
「お前知らないのかよ。ほら葵座、施設がかなり老朽化してきてるって話じゃんか」
「ああ、それは知ってるよ。近々改修工事を行う予定なんだろ」
「いや、その改修工事がさ、思うように金が集まってないみたいなんだよ」
「えっ、マジで?」
「いや、マジで」
「それって誰に聞いたんだよ」
「いや、俺も
朝倉は信濃劇場の支配人だ。葵座の支配人である栞奈と横の繋がりがあるのだろう。市原の話に信憑性が増して、岳登はより焦ってしまう。
「じゃ、じゃあ、このまま金が集まらなかったらどうなんだよ」
「まあよくて休館だろうな。改修工事が行われるまで。安全は何よりも大事だからな。もしくは……」
「もしくは……?」
「これは最悪の場合なんだけど、もしかしたら閉館もありえるかもしれない。本当に嫌なんだけど、そうなる可能性は、現状ゼロとは言えないからな」
市原の言葉は、本当に最悪を想定したものだろう。でも、岳登には根も葉もない悲観的予測だと否定できない。葵座が閉館するという未来が、決して低くない確率で訪れそうだと感じてしまう。
「なあ、葵座が存続していくために、俺には何ができるかな」
「何がって、まずは映画を観に行くことじゃねぇの。それも一人じゃなく誰か誘ってさ。微力ではあるけれど、ほんの少しは足しになると思うぜ。それか」
「それか?」
「葵座、今カンパやってるみたいだからさ、お前も協力したら? 一口一万円。決して出せねぇ額じゃねぇだろ」
一万円は映画観賞およそ五回分の金額に相当するから、岳登にとっても不可能な額ではない。たとえ一人一人の力は小さくても大量に集まったなら、改修工事ぐらい乗り切れそうだ。「ああ、そうだな。考えとくわ」と言いながら、岳登の腹は既に決まっていた。自分が葵座のためにできることがあるなら、何だってしたかった。
(続く)
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