第20話 お茶会にて



 アイバル侯爵がベアトリス様を席に案内すると、皆の方を見ながら言った。


「それでは今日は楽しんでほしい!!」


 侯爵の合図で、一斉に飲み物が配られて、食事の用意がされた。

 今回はテーブルが決まっているといわけではないようだった。


「御祖母様にあいさつに行きませんか?」


 ハンス様に声をかけられたので私は「はい」と返事をした。

 ベアトリス様の周りと、アイバル侯爵の周りには人が大勢いた。

 皆、始めにベアトリス様とアイバル侯爵にあいさつに行くのだろう。


 私はハンス様に手を取られて、ベアトリス様の元へ向かった。


「御祖母様、こちらが先ほどお話をしたシャルロッテ・リンハール嬢です」


 どうやらハンス様は先ほどベアトリス様にあいさつに行った時に私のことを話していたようだった。


「はじめまして、シャルロッテ・リンハールと申します」


 ハンス様に紹介された後に貴族の礼をすると、ベアトリス様がギロリと睨んだ。


「リンハール? ふん、あのこざかしさで爵位を得た家の……」


 うん。

 やっぱり私の家は歴史や伝統ある貴族の方々からは良く思われていない。

 こんなことはよくあることなので、心を無にしてやり過ごすことにする。

 だが、心を無にしてやり過ごそうとしているにもかかわらず、ベアトリス様は挑発的に私をあおってくる。


「顔色一つ変えないね……お嬢さん、リンハールの家の者なら……チェスは強いのかい?」


 私は笑顔で答えた。


「自分が強いと思ったことはありません、父や祖母には勝てたことがないのもので」


 するとベアトリス様はニヤリと笑いながら言った。


「ほう、その言い方で自分が負けた時の予防線を張るのかい。随分と気弱な令嬢だね。どうだい、私と――勝負するかい?」


 気が付けば私は微笑みながらほとんど無意識に言葉を返していた。


「私、手の抜き方を知りませんが、それでもよろしいですか?」


 辺りが一瞬で固まった。

 それどころか極寒になった。


(やって、しまった!! つい、ベアトリス様の挑発に乗ってとんでもないあおり文句を言ってしまった!!)


 私は自分の未熟さを悔いた。


(ああ、穏便に済ませたかったのに!!)


 後悔する私を見ながらベアトリス様は楽しそうに言った。


「この会が終わったら付き合いな。いいね? 私から逃げられると思うんじゃないよ?」


「はい、ぜひ」


 私とハンス様は頭を下げてベアトリス様の元を離れた。

 



 そして私はハンス様と二人になるとすぐに謝罪をした。


「ハンス様、申し訳ございませんでした」


 ハンス様は困ったように言った。


「いえ、お気になさらず。御祖母様はいつも……ああなのです。ですが……ふふふ、手を抜けないのですね。シャルロッテらしいですね。私もあなたが手を抜くところは想像できません」


 アイバル侯爵閣下のお母様にあんなことを言ってしまったのに、ハンス様はなんだか楽しそうだった。

 私の方が恐縮していると、壮年の男性に声をかけられた。


「はは、見てたぜ。凄いなお嬢さん。さすが、リンハール家のご令嬢だ。母上にあの返しができるなんてな」


 男性に向かって、ハンス様が言った。


「これはクルト叔父上。ご無沙汰しております」


 どうやらこの方は、アイバル侯爵の弟さんのようだった。

 クルト様はハンス様を見ながら言った。


「ハンス、元気そうで何よりだ。お前の相手が子爵家だと聞いた時は驚いたが……なるほどな兄上の好みそうなご令嬢だ。頑張れよ」


 そう言って去って行った。

 一方ハンス様はどこか青い顔で呟いた。


「(え? 私は父と女性の好みが似ているのか?)」


 私は心の中で「(今のは聞かなかったことにしますね)」と言ったのだった。すると今度は、小柄できれいな女性と、背の高い随分と身長差のある二人がやってきた。


「ハンス、久しぶりだな」


「これは、ダニエル叔父上と奥方様。お久しぶりでございます」


 どうやらこの方々はアイバル侯爵の弟さんご夫妻のようだ。

 ダニエル様は私い向かって手を伸ばしたので、私も握手に応じた。


「母上がすまないな……。一つ忠告しておく。母上はチェスが強い。それはもう、かなり強い。だが……もしも君が母上に勝ったら、彼女が勝つまで離してもらえなくなる。ほどほどにな」


 そう言って片目を閉じた。


「……ご忠告感謝いたします」


 ダニエル様たちとあいさつを済ませると、ハンス様が言った。


「レベッカ伯母上がカミラ伯母上と話をしている。あいさつに行きませんか?」


「はい」


 私はハンス様と一緒にアイバル侯爵のお姉様と妹さんにあいさつに行った。


「レベッカ伯母上、カミラ伯母上。ごきげんよう。お話中に失礼します」


 ハンス様が話かけると、おそらくレベッカ様と思われる女性が口を開いた。


「あなた……シャルロッテさんと言ったかしら?」


「はい。シャルロッテです」


 私が返事をすると、レベッカ様が言った。


「あなた……侯爵家に入るつもりなら、もう少し挑発や暴言を受け流せるようになることね……正直に言って子爵家の人間がハンスと結婚したら、社交界でかなり攻撃を受けると思うわ。その辺りは覚悟した方がいいわ」


 レベッカ様の忠告は最もだった。

 きっと、私のようは子爵令嬢がハンス様と結婚したら、かなり大変なことになるだろう。


「そこも含めて私が、シャルロッテを守るつもりです」


 ハンス様の言葉に、レベッカ様が鼻で笑った。


「ふふふ、若いわね……」


 すると隣のカミラ様が口を開いた。


「もう、お姉様。そんな言い方って酷いですわ、ハンス君だって真剣なんだし、殿方は所詮女の戦場など一生知ることもないのですから、そのくらいの方がいいんですよ」


 うん。

 どちらかと言うと、レベッカ様より、カミラ様の方が酷い気がするのは気のせいかな?


「(所詮女の戦場など一生知ることもない……? 私は社交界では無力なのか? いや、何があってもシャルロッテを守って見せる……その想いは間違いない……)」


 その証拠にハンス様は確実に、カミラ様の言葉の方にダメージを受けて混乱している。


「はぁ、どっちが酷いのよ……」


 レバッカ様と心の声が重なった瞬間だった。

 その後もあいさつを続けて私は、侯爵家のお客様皆様とあいさつを交わしたのだった。


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