第19話 侯爵家のお茶会



「実は今日は、兄の報告会ではありますが……私としてはあなたを親戚にお披露目する絶好の機会だと思っております」

 

 廊下を歩きながらハンス様が言った。

 

(ああ……やっぱり……)


 私も初めはなぜこのお茶会に招かれたのか疑問だった。

 私の家は高位貴族ではないので、わからないが少なくとも、もし兄が謁見可能になったら、報告は身内のみに行う。

 それが一般的だ。

 つまり今日、集まっている人々は全てハンス様のご親族。

 それなのに私が呼ばれる理由……


 ――身内へ紹介だと考えるのが普通だろう。


「わかりました」


 私は静かに答えた。

 ハンス様が笑顔で私に言った。


「会場についたら、私の側を離れないで下さい。皆に紹介しますので」


「はい」


 元より、知り合いが誰もいないパーティーだ。ハンス様の方から離れない限り、私から離れることはない。

 そして会場を前にして私はざっと周りを見渡した。


(大体三十人前後ってところかしら?)


 私たちが会場である庭に入った途端、視線が突き刺さった。

 そして、一組の夫婦が近づいて来た。


「ふふふ、あんなに小さかったハンス君も、年頃なのねぇ~~紹介してくれない?」


 女性がハンス様に親し気に声をかけた。


「はい。リンハール子爵家のシャルロッテです。私の婚約者です!!」


 そしてハンス様は、今度は私を見ながら言った。


「シャルロッテ、紹介します。この方々は、私の父の一番下の妹でメアリ―伯母上です。隣にいらっしゃるのが、伯母上の旦那様のケールズ伯爵です」


 二人はにこやかに私に向かって手を差し出した。私もその手を握り返して微笑んだ。するとハンス様の伯母のメアリー様が口を開いた。


「はじめまして、ハンスをよろしくね。私には8歳と6歳の息子が二人いるの。でも、普段会えない従兄と話をするのを楽しみにしていて、どこかに行っちゃたみたいだわ。また後で紹介するわね」


 ハンス様の伯母上はとても気さくな方で始終にこにこしていた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 あいさつが終わると、二人は去って行った。

 ケールズ伯爵家は10年前まで赤字体質だった。だが、現在の伯爵が爵位を継いでから、黒字体質になった。

 かなり切れ者との話だが……


(なるほど……ハンス様の伯母上様の人柄にも助けられているのかもしれないわ……)


 顔を見た瞬間に、近寄って来て私のような小娘に丁寧にあいさつをしてくれた。

 ここは侯爵家のパーティーだ。つまりここにいる人々は皆、侯爵家と繋がりのある人々だ。

 そんな人達が、私のような小娘に、自分からあいさつになど来てくれることはない。

 その証拠に、皆私を見て遠巻きにして、ジロジロと観察はしているくせに目を向けても目を合わそうとはしない。

 だがそれが普通なのだ。

 そんな中ですぐに側に来てくれたことが、ハンス様と私を気遣ってくれていることがわかって嬉しくなった。

 私の隣で、ハンス様も笑いながら言った。


「メアリー伯母上は、昔から私を気にかけて下さって、仲良くしてもらっていつのです」


「はい、とても仲が良さそうに見えましたわ」


 ハンス様もメアリー様に心を開いているようだった。

 そしてハンス様は、小声で言った。


「今日は父の姉レベッカ伯母上ご夫妻と子供たち、二人の弟ダニエル叔父上ご夫妻と子供たち、クルト叔父上。そして二人のメアリー伯母上ご夫妻と、カミラ伯母上ご夫妻と子供たちが参加しています」


 どうやら、アイバル侯爵は6人兄弟のようだ。

 姉・アイバル侯爵・弟・弟・妹・妹だろうか?

 だが……


(アイバル侯爵方の親戚ばかりなのね……)


 もし、我がリンハール子爵家が親戚を招く場合、絶対に父方と母方の親類両方を招くだろう。

 だが、アイバル侯爵が謁見を許されたことを報告する時に呼ぶのは侯爵側だけの親類。

 私は、ふとハンス様に尋ねた。


「あのハンス様。ベアトリス様とおっしゃる方は……」


 先ほどハンス様は執事に『ベアトリス様へあいさつをするように』言われていた。

 だが、先ほどのハンス様のご紹介にその方のお名前はなかった。


「ああ、それは……」


 ハンス様が口を開こうとした時、中央からアイバル侯爵とハンス様の兄ロビン様、ハンス様のお母様と一緒に、顔に深いシワのある女性が現れた。


 その瞬間、悟った。


(きっとあの方がベアトリス様だ)


 ハンス様が小声で言った。


「父の母……ベアトリス御祖母様です」


 私は背筋を正してハンス様の御祖母様を見つめたのだった。


 

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