第16話 御趣味は……?


「婚約の儀が無事に終わりましたな。夕食まで時間がありますので、子爵は私と一杯いかがですかな? ハンスは、シャルロッテ嬢に屋敷を案内してあげなさい」


 侯爵の言葉で、ハンス様が私を見て微笑んだ。


「それでは行きましょう」


 眩しい笑顔で手を差し出されて、私は恐る恐るその手を取った。


「はい、よろしくお願いいたします」


 そして私が手を握ると、ハンス様は顔を赤くした後に本当に嬉しそうに笑いながら言った。


「まず、庭を案内いたします。お手をどうぞ」


「ありがとうございます」


 こうして私は、ハンス様の手を取って侯爵家の庭に向かったのだった。

 庭に到着すると、ハンス様が私の正面から見ながら両手を取った。

 そして、少しだけ頬を赤く染めながら言った。


「あの、今日から婚約者ですし……その……名前で呼んでもいいでしょうか?」


 婚約をしなくても名前で呼び合う男女は多いが、わざわざ確認してくれる誠実さには好感が持てた。


「はい。では私もお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 ハンス様は思いっきり何度も首を縦に振りながら破顔した。


「あなたに名前を呼んでもらえるなんて、嬉しいです。シャルロッテ!!」


 (え? 呼び捨て?)


 まさか、呼び捨てにされるとは思ず少し驚いたが、婚約者なら、それほど珍しいことではない。

 私は呼び捨てになどしないが……


「私はハンス様と呼ばせて下さい」


 侯爵家の方を呼び捨てなど、恐ろしいので様を付けた。

 何か言われるかと思ったが、ハンス様は私の手をぎゅっと握って嬉しそうに言った。


「あなたの口から私の名前が出て来るなんて……嬉し過ぎます……」


 耳まで赤いハンス様。

 そして名前を呼んだだけでこれほど喜ばれてしまった。

 ここまでされれば、私も気が付く。


(あれ……もしかして、私……ハンス様に結構気に入られてる??)


 完全なる政略的な婚約かと思っていたが、もしかしたら違う可能性も出て来た。

 

(いや、待って……そう決めつけるのは早計だわ……もう少し様子を見て判断するべきだわ)


 私はハンス様に笑いかけた。


「ハンス様。お庭を案内していただけませんか?」


 ハンス様の顔は赤いまま慌てて片手を離すと、手を繋いだまま歩き始めた。


「そうですね。案内します。まずは、噴水に行きましょうか。こちらです」


 こうして、私は侯爵家の庭をハンス様と歩いた。

 侯爵家の庭は本当に綺麗に整備されていた。


「シャルロッテ、あの……ご趣味は?」


 にこにこと微笑むハンス様に尋ねられて、思わず固まった。


(凄い、お見合いみたい!!)


 婚約をしたのですでにお見合いという段階は終わっているのだが、定番の質問に私は少し考えながら答えた。


「(エイドのいる)風景を眺めることです。ハンス様は?」


 ハンス様は大きな声を上げた。


「今度、素敵な風景を探してきますね!! 私の趣味は……剣の稽古? いえ……その……ああ、景色を見るのは好きです!!」


 どうやら、無趣味なようだ。

 だが、趣味と言って剣の稽古が出てるところにはまたしても好感が持てた。

 そんな話をしながら、庭を歩いた。


(広い……庭というより……公園ね……)


 私たちは、話をしながら広い庭をゆっくりと歩いて、ガーデンパーティーの出来そうな広場に来た。そしてその中央にある噴水までやって来た。


「わぁ……きれい!!」


 噴水の上部には、色のついたガラス玉が埋め込まれており、水がガラスの光を反射して、本当にカラフルに見える。しかも周辺には背の小さい外灯も用意してある。

 私はハンス様を振り向きながら言った。


「もしかして、この噴水……夜にはライトアップされるのですか?」


 ハンス様は笑顔で答えてくれた。


「その通りです。よくわかりましたね。昼間は、噴水上部の色ガラスが反射して、夜には、噴水の下部分のガラスに光が反射して昼とはまた違った趣きになりますよ」


 なるほど、このガラスはデザインかと思ったが、そんな仕掛けがあったのか。

 しかも、ガラスの塀も夜にはライトアップの演出になるらしい。

 なんとも凝った仕掛けだ。


「夜も素敵でしょうね……」


 何気なく言うと、ハンス様がとても嬉しそうに言った。


「機会がありましたら、ぜひ我が家にお泊り下さい。そして……一緒に噴水を見ましょう!!」


 私も単純に夜の噴水に興味があったので何気なく「機会があったらぜひ」と答えたのだった。

 

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