辛愛中の令嬢は策士となる

第14話 令嬢としての役目


 お父様が婚約の申し込みを受けた翌日には、婚約の日取りを連絡する早馬が届き、『さすがアイバル侯爵家だ、返信が早い』と謎に父の好感度を押し上げていた。

 そして今日は、アイバル侯爵家で婚約の儀を執り行う日になった。


「婚約の申し込みからたった数日で婚約の儀だなんて、早いように思いますわ」


 アイリーンが私の化粧をしながら言った。

 確かにこの流れは通常よりもかなり早い。

 通常はまず顔合わせをして、婚約の儀となるのだが、アイバル侯爵家の方から顔合わせはすでに済んでいるので、すぐにでも婚約の儀を済ませたい、との手紙を貰った。ちなみに父はこれも『合理的だ、何かと後手後手になる家よりずっといい』とさらに好感度を上げていた。

 参謀の父をよくわかっている。これは向こうも策士の可能性がある。


 だが……


(どうしてこんなに婚約を急いでいるのかしら?)


 アイバル侯爵家のハンス様は弟たちと同じ年なので、私よりも一つ下だ。

 それにも関わらずこんなにも婚約の儀を急ぐことに疑問を感じた。

 理由を調査したかったが、侯爵家からすぐに婚約したいと言われてしまえば、こちらとしては応じるしかない。


(もしかして厄介な家の令嬢から縁談を持ちかけられているのかな?)


 侯爵家ともなれば、政治的もかなり難しい立場だ。

 派閥などもあるし、領と領のバランスの調整など面倒なことにも巻き込まれやすい。

 その点、私は子爵家ではあるものの、参謀家系で領も持たない。

 陛下との直接繋がりが強められる可能性があるが、領と領のパワーバランスが崩れるなどの心配はない。

 ともかく、私との婚約を急ぐ理由など政治的な理由しかありえない。


「まぁ、いろいろあるんじゃない?」


 私はアイリーンを鏡越しに見ながら答えた。すると彼女は困ったように笑うと鏡の中の私の目を見た。


「出来ました。どうですか? お嬢様」


 鏡の中の私は令嬢として問題のない姿だった。

 私は鏡を見ながら「いつもありがとう」と言って立ち上がった。

 そして着替えを終えてエントランスに向かうと、母と弟たちが見送りに立っていた。

 今日は父と二人で行くので、母と弟たちはお留守番だ。

 母もジーノもエラルドもどこか暗い顔をしていた。


「いってらっしゃい」


 母がつらそうな顔で私を抱きしめた。


「いってきます」


 そう答えると、ジーノとエラルドも切なそうな顔で「いってらっしゃい。気をつけて」と言った。

 全く婚約の儀の雰囲気ではなく重苦しい空気だ。

 私は、ジーノとエラルドに「行ってきます」と言うと、エントランスの扉を開け……息を呑んだ。


「エイド……」


 馬車の前にはエイドが無表情に立っていた。

 そしていつものように馬車に乗る私のために手を差し出した。


「お嬢、お手を」


 私は「ええ」と言ってエイドの手を取ると、馬車に乗り込んだ。

 いつもならここで『エイド大好き』というところだが、その言葉を飲み込んでエイドから視線を逸らせて「ありがとう」と言うと馬車に乗り込んだ。


 そして父も乗り込んで、エイドが馬車の扉を閉めると馬車が動き出した。

 私はきつく手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る